地獄商会公式ホームページ/日記Anti起床!1

 

 

地獄商会


↓                                                              ↓

☆ 過去の天守日記(重複してるものも有り) @ A B C D E         ☆ 過去のゲストブック(重複してるものも有り) @ A B

日記Anti起床!

2016.08.24 更新

新しいページ ←・・・<1><2><3>・・・→ 前のページ



★★ お客様各位・ご覧下さい ★★
↓↓↓
● 臨時休業のお知らせ ●
(2017.04.09)


● CONCRETE PIRATE L/S
プリントTEEデッドストック ●

(2016.12.25)


● オーダー等のお客様へ ●
(2016.04.28)


(※ ↑↑↑ クリックするとページに飛べます)


〜 足利よりの初更新 〜
(2016.08.24)

久々と言うか、ほぼ1年ぶりの日記の更新です。
多分もう再開しないと思われてたかも知れませんが(苦笑)。


昨年の9月で長年親しんで頂いた東上野の店を閉めてココ足利に引っ越して以来、初めての更新と思いますが、本日は地獄商会のオープン記念日。
(※21周年かと思ったら計算間違いで20周年かも?お祝いメッセージ頂いた皆様算数も出来ないバカですみません!)


え〜改めてすみません、計算間違いするいい加減な野郎で…。
地獄商会そのもののスタートは1990年頃なのでそれだと26周年になるのかも知れませんが、更にいい加減なワタクシは詳しい開始日を全く憶えてないと言う…
その為、本来の開業記念日が自分で解らなくて(汗)。
そんな訳で取り敢えず記憶の有る、東上野の店をオープンさせた日の8/24を開業日にした訳ですが。
でも移転して再オープンしたのは今年の春だし、その辺り、本来なら又開業日って変えなきゃならんのかな?なんて思うのですが、果たしてホントはどうするべきなんだろ?その辺…。


とにかくいつの間にかあれから20年経過して21年目に入った訳ですが(※多分この解釈が1番正しいかも?)。
まぁ今まで色々有りましたネ。てか今も色々有ります(苦笑)。
取り敢えずちっともうだつの上がらぬまんま、21年目に突入して果たしてコレからどうなって行くんでしょうネ?259は。


ご存知の通り、皆様に長年親しんで頂いた海賊TEEは製造中止ですし、度付き眼鏡専用フレーム、財布(ウォレット)も同じく生産中止にしました。
ドンドン売る物無くなって行くと心配する声をよそに…。


★★海賊、眼鏡、ウォレット、今店内に在庫してるのみですのでご希望の方は是非お早めに!
(珍しくちょっと販促してみました)★★


もちろん海賊TEEもウォレットもネタはまだ尽きてませんし、正直造ってみたい配色とか有ります、まだ。
ですが今はホントに何かを仕切り直したい気分が強く、従って最悪もう造らなくても(or造れなくても)仕方ないと思っています。
それに素朴な疑問として近年何かがちょっと変に感じてます。
誤解を恐れず言えば、何処へ行っても、あっちこっちで馬鹿みたいにシマシマだらけだし、今更チェーンの、革ヒモじゃない、トラッカータイプのウォレットが増えたりして。
下手すりゃ右用だ左用だなんてのザラに有りますよネ、今って。
有り難い事に『259のは違う!』『別格だ!』と言って頂ける方が沢山いらっしゃるのは存じておりますし、もちろん嬉しい限り、大変冥利に思います。
ですが、それ、ホントに少しシラけませんか?どうなんよ?似たような物ばかりが増える世の中、と言うか、似たような物しかなくなる世の中ってと。


これ又誤解を恐れず言いますと、袖リブ付き長袖ストライプシャツ、隠しボタンのチェーンウォレット(同じく左用や珍しい皮革素材使用の物)、度付きレンズ専用の眼鏡フレームとしてのバイカーシェード、多分それらはウチが世に出した最初のトコだと思います、恐らく。
そう言う点では巷がドンドン追従してる?みたいな事、それで切磋琢磨する事で色々発展してくのは良い面も有ると思ってます。
そのせいかは解りませんが、確かに昔に比べ、色々クオリティは上がったかも知れません。
が、何かさ、質はイイけど、値段も高いけど、世の中全部ウニクロみたいになってってない??と思う訳で。
だとしたらそれってけっこうダセェじゃん?って感じなのです。


コッチ(足利)で再オープンした今年の春頃、初めてご来店なされた方に(※上野時代を知らないお客さん)、『何故店ん中にバイク飾ってないの?』と質問された事有りました。
その方曰く、ブリキのアメリカンな看板とか装飾品とか陳列しててChopper飾って有って綺麗な床のフロアや木のハンガーに服かかってないと駄目らしく『コレじゃ何屋か解らんよ』と。
今度のトコは奥に単車修理用のスペース設けたのですが、たまたま修理中の単車も有ったの見て『もっとお客さんに見せるようにバイクを置かきゃ駄目だ』とお叱り受けて。
改めて自分とのギャップを感じてしまった訳ですが、もしも自分なら、ホントにそのままの店が在ったら多分ちょっと何かが違う感強くなる気がします。
もし今が1970年代とか80年代とかならイイのかも知れませんが、僕にはどうしてもそれが凄く古臭く感じて、今更感みたいなもんが強くなってしまうのかも知れません。


正直今更B級何とかムービーとか、そう言うのにも今の僕は興味なくなってしまってます。
飽きた、と言えば飽きた。確かに飽きっぽいのかも知れません。
が、どうにも金太郎飴みたいに見えてしまってるンですよ、現状の色々が。
特にMotorcycle取り巻くアレコレの現在には。


皆さんを、よりカッコ良くしたくって、この仕事して続けて来ました。
でももしこのまま僕まで、ウチまでこんな事続けてたら、結果的に皆さんをドンドン金太郎飴にしてきやしないか?みたいな疑問が出て来てるのですよ、今。
幾ら自分は真面目にやってるつもりでも、結果的に皆さんをカッコ悪い方向へ導いてしまったら…それは、それだけはホントにイヤなのですよ、マジで。


ハッキリ言いますネ。


売れるから造ってるんでしょう。
恐らく他にネタが思い付かないんでしょう。
自分が全てを牛耳りたいんでしょう。
そして…
流行ってるから良く見えるんでしょう。
それ持ってれば馬鹿にされないと思ってるんでしょう。
本当に好きな物がないんでしょう。


ですがやっぱり似たような物しか造れん業者さん達も、それ選ぶ人達も、どちらもマズイじゃないですか、このまんまじゃ。
変な意固地や嫉妬やそんなのばかりで、真のプライド感じないじゃないですか、それじゃホントに。


例えば業者さんでね、『俺の方が上手く造れるゼ!』っての、何か凄くカッペな考え方に感じるんですよ、ワタクシには。
本当に自我が強いなら『何処にもない物、誰も見た事ない物、全く新しい物造ってやる!新しい事してやる』って何故思わないんだろ〜??


もしかしたらビジネスとして成り立ってしまったこの世界に何かドキドキしなくなったって事なのかも知れません。
そう言うのダメなのかも解らんですネ、僕は。
結局Rock&rollもChopperも、やっぱドキドキしてたいんかも知れんです。
上から下まで、真っ黒からシマシマまで、革から生地からもう色々、デパートみたいでウニクロみたいになってくの見てて、少なくとも僕は魅力感じなくなってるのは確かです。


これは自慢とかホントそ〜ゆ〜んじゃなく、今までの僕も259も、ある意味、新しい事や物、又は今はもう無くなってしまった物のを新アレンジして復活とか、そ〜ゆ〜事ばかりして来て、ある程度、例えば他の業者さん達に、新しいネタとかを色々提供して来たかも知れません。
20年前に海賊TEE出した直後、バイク業界はおろか、普通のファッション・ブランドからもいきなり!袖口にリブ付いたシマのシャツがアチコチから出た事有りました。 それまでコト長袖のシマのシャツには必ず!袖口はリブ無しでストン!としたのしか無かったのにホント突然。
眼鏡も最初出した頃は、値段も含めて(世の中に)凄くビックリされたようですが、直後から某誌の広告にドンドン本業の眼鏡屋さんの広告が増えたり。
革ジャンペイントとしての地獄商会始めた26年前も、突然、アチコチから革ジャンペインターと言う人が現れたり、地元アメ横辺りでも『革ジャンペイント承ります』の貼り紙が増えて。
しかも僕がテキトーにつけた“革ジャンペインター”なんて総称まで勝手にメジャーになってくの見てて何か何処かで???の不安はつきませんでした。
この辺り、バンド時代も似たような事、沢山有りましたし、考えて見ればもっと遥か前、子供の頃から似たような出来事だらけだったかも知れません。


これも自慢とか変な意味じゃなく、もしかしたら僕はそんな宿命なのかも知れませんネ。
何と言うか、ホンのひと握りの部分での話ですが、世に新たな何か、新たなネタを提供する立場と言うか。
道なき道を新たに切り開くなんてカッコイイもんかは解らんけども。
ホント、その辺り、自慢とかそんなんじゃなく(てかむしろ逆!我ながらかなりウザくて面倒な宿命…もしもホントにそうだとしたら)。
でね、だからって訳じゃないのかも知れんけども、今の色々、現状色々を見ててネ、今コレからの僕はそろそろ違う何かを生まなきゃならん時期に来てる?みたいな事感じるんですよ。
ホントに僕の宿命がもしもそうなら…その役目としての僕は、そろそろ違う何か、既に無くなってしまった何かを含めて更に新しい何かを生まなきゃならん時期、その新たな、違う何かのトコへ行かなきゃならん段階かと思う訳です。
しかし後1年半ほどでワタクシ、いよいよ還暦、60歳になります。
そんな訳であと1年半、取り敢えず何かやって見ようかと思ってますが、ですがきっと僕にも限界は有ると思います。
だからもし、60歳になった頃、もしも自分なりの新たな答えが出せなかったら、その時はもう店は閉めるかも知れません。


今までホントに何度も潰れかかってます、地獄商会は。
ホントに何度も『今回のチャレンジは社運かけて』と思いながら、本当に持ってる金、全部残らずつぎ込んで何か造って来ました、何度も何度も(※実話だよん)。
でも悪運強くて何故かいつもギリギリ生き延びた(と言うか生き延びてしまった…苦笑)。
ですが、今度はホントにラストチャンス、ラストのチャレンジと思っています。 多分こう言うと『まだまだ生き延びてくれ』みたいな事、そんなお叱り受けると思います。『たかが60歳じゃん!』と。
だけどね、今まで色々やって来て、近年は色々有って(※99%プライベート)、ホント今ヘトヘトに疲れてます、ワタクシ。
それにネ、今まで本当に毎回マジで『駄目なら今度は潰れるだろう』と思ってチャレンジして来ました(※しつこいようだけどホントにマジなんョ)。
で、年齢も有って、これからは本当に少し、ノンビリゆっくりやりたいんです。
楽しく平和に単車乗ったり、好きな音楽やったり、もっと自分の事に何かのエネルギーや時間を使いたいし。
なので今後の1年半でやってこうとしてるチャレンジはマジのラストなんだと思ってるんです。
(※ようするに以後は引退&隠居する可能性含めて)


そんな訳で今、とにかく仕事含めて何か変える時期に来てると思ってます。
もしかしたらお客さんが来店する店舗って形式もあと1年半位で変えるかも知れません。
来年の今頃はもう店舗営業ヤメてるかも知れません。
ようやく移転してこれからって時にこんな話して、又お叱り受けるかも知れませんが、けっこう本気でそんな事考えてます。
いつ潰れるかも知れんと、本当に毎回綱渡りしながらの今まででしたが、勿論今回も本気でマジで何かを変えたい時期に来てます。


勿論単車は乗り続けると思いますし、ソコは変わらんでしょう。
それに間違えなく単車に関わる仕事もしてくんだと思います。何しろ好きなので。
それにもう当分引っ越すつもりも御座いませんし(苦笑)。


だけど何かを変えたいと言うか、原点に戻りたいみたいな何か…が今僕の中で滅茶苦茶モヤモヤし始めてるのは確か。
そんなこんなで例えば海賊みたいに今まで造って来た物とか、そう言う色々なのは廃盤にしてくのを何卒ご容赦願いたい訳です(その辺、後は他の業者さん達が喜ぶのかな??)。
かと言って今スグ何かを造るって決めてる訳じゃないんですよネ、ホントに。
そ〜ゆ〜神のお告げ?天の指令?みたいな何かを自分に受ける為にも今は自分の中に有る古い物を吐き出す時期と言うか(※お告げだ指令だ言うと単に危ない奴っぽいですが…)。
とにかくこれからの1年半位の間で、自分なりに、ピンと来る何かに出会う為にこれからは。
でももしも出会わなかったらすみません、そん時はもう引退してもイイと思ってます。本気で。


てな訳で取り敢えず来年まではこのまま店やりながら色々模索して見ます。
突然変な話して約1年ぶりの更新、しかもせっかくの開業記念日に何だかすみません。
そして久々なのに前にも増して異常に長くなってしまって。
てな訳で今回はこの辺で。


あとなるべく近い内に何故引っ越したかとか、その辺りも色々書く予定です。
取り敢えず本日259は20周年(21周年改め)を迎えました。
相変わらず何も催しやらなかったですが…ってか昨日まですっかり開業記念日忘れてました(苦笑)。
でもって明日と明後日は親父の三回忌でお休みさせて頂きます。


★案内コーナーにも有ると思いますが、8/25(木)〜26(金)、29(月)〜30(火)はお休みさせて頂きます。
※9/5(月)定休日は病院の定期検診で東京へ行き、翌6(火)ももしかしたら臨時休業するかも知れませんが、それに関しては又お知らせする予定です。


では皆様20年、有難う御座いました。
もうあと少し、宜しくお願い致します。









(↑↑画像をクリックすると、全て別ウィンドウで見れます。)



〜 いよいよ引越 〜
(2015.09.23)

本日9/23をもちまして、当店はココ東上野の店舗での営業に終止符を打たせて頂きました。
(※ 以降は足利へ移ります)

約20年間、本当に有難う御座いました。


先ずは1996年より本当に長い間のご愛顧、心より感謝致します。


そして明日からは暫くの間、ココの片付けと荷造りとその他諸々の移転準備に入る訳ですが
(※ その間は連日足利と行ったり来たり)、そんな訳で当分の間は全ての業務は休止、お客様のご来店は基より、通販も全てストップとなりましたので何卒その旨宜しくお願い致します。


…と言ってるのに『行けば何とかなるんじゃね?』…みたいな人が時々いらっしゃいますが(苦笑)、既に業務休止中ですので申し訳有りませんが店の中へは荷造りの妨げになる為、いかなる場合、何人たりもお客様の入店お断り、すみませんが一切NGですので、どうかそこ、悪しからず宜しくお願いします。


通販に関しましても同様、当分の間休止とさせて頂きましたので併せて何卒ご了承下さい。


これ又『取り敢えずTELしてみりゃ何とかなるだろ?』みたいな感じの場合も(苦笑)、やはり申し訳有りませんが引っ越し用に荷造りしたばかりの製品を再び引っ張り出さなきゃならない!…なんて事は一切、何が何でも致しませんので同じくNG、ホントにどうか宜しくです。


尚、今までの店TEL03(5818)5259は今月末、9/30付けで解約になる為、10月からはTEL頂いても不通となりますのでコレ又宜しくお願い致します(※ 恐らく『この番号は都合で止めたor番号が変わった』的なガイダンスが流れます)。

…と言ってるのに(苦笑)、こうして散々事前のお知らせや告知出してるのに、『Web見てなかった』『お知らせ読んでなかった』『知らなかった』等々結構多いですが(汗)、その場合も同様、すみませんがそれでも一切NG、やはりいかなる例外も有りませんので何卒宜しくお願い致します。


その他、お知らせ等に有りますように、足利での業務再開に関しましても、まだ現地が改装工事中と言う事も有り、新たな営業所の所在地&TEL含めて詳しい再Open日時すら、現時点では全く目処がつかず、従って又々申し訳有りませんがココでお知らせする事が出来ません。

皆様には大変ご不便ご迷惑おかけ致しますが、それに関しては各々詳しい目処がついた時点で順次Web等でお知らせして行きたい思いますので悪しからずご容赦下されば幸いです。


まぁ多分、今の時点でも足利11月再Openはかなり厳しい状況なので、12月位がギリ…そしたら真冬で雪降ったり、せっかくの再Openなのに、各地の皆さんは寒さや雪で中々来れない時期になるかも知れませんネ…。

因みに今度のトコは特に降雪&豪雪地帯では有りませんが、東京で雪降ったらもっと積もってる可能性大(※ 冬は東京よりは確実寒いですし、夏に関しても同じ、東京が暑かったら確実更に暑いと思って下さい)。


ではでは皆様。

一先ずお別れです。

ココでは本当に長い間お世話になりました。


いよいよEnd、Final、終幕。

ついに上野時代の259は本日をもって閉鎖とさせて頂きました。


一先ずGood-bye!サヨナラ、アディオス!です。


長年ホントに有難う御座いました!


PS:従ってVM福岡も参加不可能ですが悪しからず!





様々な皆様から沢山餞別頂きました。

お気遣い有難う御座いました。

実際はココに有る以外にも色々頂いてますが、特に食物は既に飲んだり食べたりしてしまった為、画像なくてすみません。

皆様有難う御座いました。

心より感謝御礼申し上げます。

(※ 引っ越しの際に荷物増えてしまう可能性も有るので、大変恐縮ですが、どうかお気遣いなく宜しくお願い致します!)









(↑↑↑↑↑画像をクリックすると、全て別ウィンドウで見れます。)



〜 Good-bye東京!サヨナラ上野!(思ひ出編) 〜

(2015.09.03)

今から遡る事19年前。

時は1996年の8月下旬。

夏の終わり、だけど秋にはまだ早い、とある日。

我が店はココ上野に産声あげました。



それより更に遡る事5〜6年前、1990年頃。

ひょんな事から地獄商会は生まれ、細々始まりました。

当初は店舗はなく、工房のみ。

…と言うか、そこは“工房”とすら呼べるようなレベルでもなく、工場と単車のガレージ兼ねた倉庫の一角に、簡易な机と道具並べただけの、ホンの小さな作業場。

当初は革ジャンペインターなんて変テコな名称つけて、仕事面でも今以上に何やってんだか解らんような怪しい日々(苦笑)。

始まるキッカケも数人の若者からたまたま依頼された革ジャンに絵を描いた頃、偶然又違う方面から別の話が来て。

そこでたまたま思い付いた屋号が『地獄商会』。

当時、約25年前。あの時、ホンの冗談半分で付けた屋号。それがこんなに長く続く事になろうとは当時全く知るよしもなかったのでした。



そしてそれからは自分自身でも果たして、何故何処で、一体全体どうしてそうなったか、殆んど訳が解らん内に、ドンドン勝手に何かが進んで行き、ある日突然某有名雑誌社からオファーが来てしまう。

そこで訳も解らず取材に応じてしまったのですが、そしたらいきなり全国誌に名前が出てしまった…。

見切り発車?と言うより殆んど不意に背中をド突かれたような、そんな始まり方でした。

そんなこんなしてたらいつしか月日は流れ、今度は某有名ハーレー雑誌が産声上げ、その創刊号の読者プレゼントにたまたま応募したのがキッカケで、そこの創立者から連絡が来て殆んどそのまま現在に到り…(苦笑)。

そんな日々から数年経った1996年の8月下旬。

その同じ工場跡地、倉庫だったその全く同じ場所が店舗に生まれ変わり、ようやく今の店がスタートしました。

『CONCRETE PIRATE』『BAD CUSTOM』『For Dangerous Motorcyclists』『FUCKIN' ELEGANT SHITS』…得意の世迷い言みたいな造語を排出しながら、いよいよココがスタート、Openしました。



当初は仲間達に助けて貰いながらの店造り。

…と言うか、仲間達にはそのまま店員、Staffもやって貰いました。

Open前日まで皆でよってたかってディスプレイ等の店作り。

しかしレジすらまともに打った事ない者だらけ。

新装Open前日までは、全員で新品レジスターの説明書と、紙で作ったお金を片手に、毎晩代わる々々シュミレーションしながらのレジ打ち練習。

しかしリハはあくまでリハ、単なる練習でしかない…。

結局翌日からの本番では、全員かなり緊張してしまい、暫くの間は失敗恐れて誰もレジを打ちたがらず…。

お客さんがイザお会計!となった途端、それまで笑顔で談笑してたスタッフ一同一斉にクチを閉ざし、みるみる顔から笑顔が消え…。

変な空気、妙に張り詰めた緊張感、緊迫した不気味なムード…(苦笑)。

レジ打つ段階になった途端、八の字寄せたスタッフ達が沈黙のまま睨み合う。

『オマエ、レジやれ』 …みたいな(笑)。

財布のクチ開けたまま困惑するお客さんに『大丈夫なんですか?』と本気で心配された事や『頑張って』なんて励まされた事も(笑)。

そう言や当初は通販すら考えた事もなかった…と言うよりやり方知らなかった(笑)。

当時、初登場したばかりのT型海賊Teeを雑誌で見た遠方のお客さんからいきなり通販依頼された時はマジで焦りました。

TELで『通信販売お願いします』と言われ、思わず固まってしまいました(苦笑)。

だから当時は通販依頼が来る度に、訳も解らず1度現金書留で代金を送って貰い、荷造りしてからStaffの誰かがイチイチ夜のコンビニまで荷物出しに行ってましたネ(汗)。

その内、宅配便会社の人が来て色々教えて貰い契約して現在のように通販可能になった訳です。



他にも地元の幼馴染み達にも色々沢山助けられました。

店内の棚やウィンドケースはその手の用品を扱う会社の幼馴染みが担当してくれましたし、店の袋は又違う幼馴染みが営む専門業者が担当してくれました。

初期のステッカーや名刺は旧友で有り元バンドメンバーだった奴が居るデザイン事務所と印刷屋が担当してくれましたし、他にも何人かの知り合い達や昔馴染みの協力でベルトから財布から他の革製品、Tシャツ、色んなアイテムまで、最初期のオリジナル製品が揃いました。



初期型の海賊Tee(TYPE-T)も、そんな中から生まれた1つ。

因みにこの“海賊Tee”、アレから約20年、様々な方々に愛用され、実に80種類以上、幾つもの配色バランスを常に変えながらホンのつい最近まで、ずっと長い間生き延びて来ました(※ 納得レベルの縫製工場の閉鎖により、現在は昨年Final致しましたが)。

しかしホントあの時点では、ココまで末永く海賊Teeが生き残るなんて全く誰〜も、当時アレに関わった全ての人間は、その誰もが全く想像しませんでしたョ、ホントに。



当時、こと長袖の横縞ストライプのシャツだけは何故か“袖口リブ”が無く、ストンとした筒状の袖口の物しか有りませんでした。

なのでそれがキッカケで造る事なった海賊Teeでしたが、まだ似たようなシャツが世に皆無の時代でしたので、当初は巷に受け入れて貰えるような環境も土壌も殆んど無く、つまり世間には殆んど馴染みがない、そんな時代でした。

世の“縞シャツ好き”と豪語する方々でさえ“袖口にリブが付いてるか否か”なんて事、大して気にしてなかったあの頃。

袖口リブの存在など、極少数のコアな人以外、殆んど誰も気にも止めなかった時代だったのです。

例え“袖口リブ”が有ってもせいぜい横縞柄のセーターしか無かったのが当時。

そんな中、無理矢理オリジナル製造した“袖口リブ付き”長袖ストライプのマドロスTシャツが細々ながら突然初登場。

しかも当時のウチは世間には全く知られてない存在(※ 今もか??)。

そんな何処の馬の骨かも解らん怪しい名前の店が、更に変テコな名前の意味解らんようなシャツをオリジナル製造。

『ありゃ一体何だ?』『普通の縞のシャツと何処が違う?』と思った人は決して少なく有りませんでした。



特に当時はオリジナルで、ことTシャツを造る際は滅多に国内の縫製工場を採用してなかった時代です。

そんな時代に製造コストが高くつく日本製、しかもたかがストライプの長袖のTシャツ。

当然価格も高くなり、しかもそれが馴染みのない店のオリジナル。

店も製品も、世間様にはまだまだ全く知られてないって頃なのに、有名輸入ブランド(※ Bikerブランド)長袖Teeの価格帯をいきなり遥かに上回ってしまった。

勿論、だから、多くの人々はソレを求めるハズもナイ。

『縞のシャツは可愛く見える、太って見える』等々、敬遠する人多々。

あの頃の、ことハーレー乗りは…眉間のシワと尖らせたクチでガニ股!はたまたテンガロンハットでカウボーイってより何となく懐かしの『11PM』の“悪役”風。

どちらかと言うとそんな雰囲気の諸々が多かった当時。

そんな多くの諸氏にはシマのシャツは可愛くて、腕に炎が“ワル”を演出するのには適してた時代だったのです(苦笑)。

婦人服の横縞模様のセーターと混同した某有名誌の初代編集長に至っては『イトー○ーカドーに有るョ?』と少々的外れな意見まで(笑)。

だから当時海賊Teeを求めて来てくれた方々は、大体がフリークやマニアと呼ばれる濃い面々ばかり(苦笑)、悪人面?強面?でホントに映画に出て来る無法者か犯罪者みたいな諸氏が殆んどでした。

アレから約20年が経ち、現在のように、いつしか海賊Teeも広い層に愛用され、ある意味ファッション的な要素で求める人々が多くなるなんて。

当時は全く予想だにしなかった事ですから、その点はホント少々驚きました(※ 反面アレから約20年も経ってから、今更話題になるなんて『え〜今頃〜??…20年遅い…』と思った事も有ったけど…笑)。

※ この話は恐らく当時をリアルで見てないと、何の話かサッパリ解らん事かも知れませんが、それ位約20年前の当時と現在とでは、違う事柄だらけ、様々な場面で今とは違う色んな事情が沢山有った、そんな時代でした(※ 縞シャツ1つとってもそんな時代)。



話戻ります。

それ位多くの人々にとって、ストライプ柄のシャツの“袖口リブ”の有無など一切関係なかった時代でしたので、当時の海賊Tee人気も現在と比べれば全然ヒッソリしたもんでした。

当時はこの手のシャツをまだ誰も造ってない時代だったからこそ、T型の海賊Teeを出した直後の当時、それがどう世間に認知されるか否かすら、予測も需要すら全く想像付かずで。

『果たしてコレ、ホントに欲しがる人達居るんかネ??』『売れなかったら始めた途端、いきなり店潰れるネ(笑)』なんて、店をスタート、オープンさせたばかりと言うに何の計画性もなく、実は内心不安だらけだったけど(苦笑)、それを吹き飛ばすように当時のStaff達と冗談半分で笑い合ったり。

まぁでもこの性格ですから(…)、当初からどうしても他の店がやってる事はしたくないと思ってましたので最初から少々天の邪鬼な商品構成でした。

当時は海賊TEEや、他のオリジナルTシャツ、革製品、そして1部の方にはお馴染みのカットオフ改造&製造やリストバンド以外にも、悪戦苦闘して何とか輸入した海外仕様の新品のGパンなんてのも有り、特に中でも、同じく世間にまだ愛用者が少なかった頃の少々厚地の黒いブーツカットのGパン。

あの頃、当時のウチにはブーツカット〜ストレートまで、ブルージーンズより“黒Gパン”が完全在庫上回ってまして、『ココってヘヴィメタ屋?』なんて質問多々でした(※ コレも知らない人にはピンと来ない話かもですが、当時は黒Gパン穿く人は結構限られたのです)。

他にも当時の日本ではあまり馴染みがなかった海外ローカルBikeショップのTシャツや、やはり滅多になかった海外のHarley-DavidsonディーラーTシャツ、それとホンの少しの輸入古着に混じり、某海外オイルメーカーの40番のシングルなんてのも有りました。

それ以外にも馴染みない時代に突然度付き専用のオリジナル眼鏡造ったり、18金のガイコツ指輪造ったり、型押し革ばかり使ったり、異常にコスト掛かる方法で沢山色使ったプリントのTシャツ造ったり…。

改めて今こうして思い出し見ると、全く誰も見向きもしないような時代に、何だか結構やりたい放題でしたネ(苦笑)。

でもやっぱり内心いつ潰れるか、常に不安バリバリだったんですョ、ホントに。

勿論そんな事ばかりして来た店だったので来店者もかなり“限られた”ような?人が多かった気がしますが(苦笑)。



早いもんでアレから足掛け20年。

当時から比べたら店ん中は圧倒的にゴチャゴチャになってしまって、何となくゴミ屋敷みたいだし(苦笑)、今や完全に作業場メイン、そう言う意味じゃ約20年間の変貌著しいですが。

でも造ってる物は細かいマイナーチェンジ程度で殆んど大きな変化もしてませんし(※ 製造中止した物も有りますが)、やはり絶対“二番煎じ”はやりたくないし、アタック?姿勢?みたいなもんは殆んど変わってないと思うけど(※ 只今世間を賑わすパクり疑惑…でもウチらの業界、そんな人沢山居ませんか?ねぇ?それってホントどうなんョ??)。

それに現在は層も広がり、多少普通の人も来店してくれるようになって(苦笑)、まぁ巷に比べりゃそのパーセントは少ないのかも知れないし、相変わらず『知る人ぞ知る店』だとか言われてしまう程イマイチ浸透しないマイナーな不人気店ですがねぇ。

今だ多くのメディアさんには滅多に取材もされず、殆んどスルーされてるような店ですが(…)、そう言う意味でも当時と大して変わってないのかも知れませんネ(笑)。

しかしこんな不人気店が約20年も在り続けた事実、例えどんなに世間様にスルーされようも、何故か今だに在り続けたこの現実…。



でもそれは全て皆さんのおかげ。

何だかんだ言っていつの時代もちゃんと支えてくれた、引き立ててくれた皆さんが居たから。

旧くからの人も新しい人も、全部ひっくるめて本当に皆さんのおかげです。

結局それが無ければとっくに潰れてましたョ、ホントに。

しかしそうやって考えると、レジ打つのも通販も、本気で殆んど素人だったネ、ウチ(苦笑)。

それを、色んなお客さん始め、多くの皆さんが、寛大で寛容で凄く暖かい目で支えてくれて…。

友人達や仲間達始め、周りの皆、そして何より皆さんが、今まで見捨てず、そして時には色々教えてくれて、一杯引き立ててくれたから。

皆さんに育てて貰いながら今まで来たんですネ、ホント〜に。

そこは幾ら感謝しても多分全然足りません。



今まで足掛け20年、本当に有難う御座いました。

昔っから支えてくれて、ウチを愛用&活用してくれた皆さん、ここ数年支持して下さった皆さん、そしてプライベートも支えてくれた仲間達、友人達。

勿論当時Staffやってくれた奴等も皆、本当に今まで有難う御座いました!



イマイチ計画性に乏しく、結構無茶な方針のままやって来て、何度潰れかけたか解らんのに、それでも今まで中々潰れなかったのに、今回は他のよんどころない事情で結局この店閉めて、この地を離れて移転する事になって。

相変わらず『何で足利?』の質問多々ですが(汗)、特に理由ないから結構マジで応えに困るんですよねぇ(苦笑)。

※解り易く言えば全て予算の関係! 可能なトコがそこだけだったのサ(文句有る〜?苦笑)。



あれよあれよと言う間にお別れの9月になってしまった。

いよいよココも今月23日(祝/水)にはCloseする。

残りあと少し、恐らくコレが上野でする最後の更新と思います(※あとは今月閉店後の簡単なご挨拶程度)。

因みに現状遅れ遅れの為、新店舗の再Open日含め、現在全くの未定ですが何卒悪しからず!

それでは皆様…

サヨナラ三角、また来てジゴク!





★長らくご愛顧頂き本当に有難う御座いました!★





PS: あ…言い忘れたけど、今度のトコ、今まで以上に気軽に来店(アポなし来店)し難いような造りになってます(※ ホント!)。

実は店内、外から覗き難い仕掛けなので、更に怪しく謎っぽいかも??



ペインター時代。

1990年頃の最初期、革ジャンペインター時代。
某バイクショーで某ショップの展示ブースに間借り出品したり、企画実行に関わった懐かしいイベント、江東区汐見のウッディランド(※ログハウス展示場)での“バイカーパラダイス東京”に出店したり。
当時の作業場は現在の上野の店の前身、同じ場所。
ココが倉庫兼工場だった時代、そこに机並べただけの簡素な所。
そう考えると、25年もずっと同じ所に居たんだなぁ…。


Bike weekデイトナ'96。

1996年の春。
米国暮らしが長かった友人Tのサポートで、米国西海岸〜米国南部〜北米まで放浪に近い旅へ。
途中、偶然開催中だったディトナ・バイクウィークへも寄り道したり。
彼はその後、Open当時の店Staffまで兼任。


1996年、開店直前〜後(同じ場所)。

どちらも同じ場所。
1996年、元倉庫、元工場だったその場所が店に生まれ変わりました。


1996年8月、開店直前。

元工場跡地が生まれ変わった直後、改装したて。
まだ看板もなくガラ〜ンと、広々してた店内。
新装Open前だが、既に仕上がってた最初期型の海賊TEE(TYPE-T)が有る以外、まだ何も無いに等しい店内は、元工場、元倉庫とは思えない位に綺麗で、まるで美容室かケーキ屋みたいに変貌。
しかしその実、工場の中に箱を1つ入れたような二重構造で、床や壁が全て倍有る。
6機有るオーディオ・スピーカーをフル可動させても耐えられるような防音&音響、膨大な吸引力で排気可能にした焼き肉屋並の換気扇。
そしてまだ、店の奥、裏側に整備&作業スペースを備えてた当時、そこに単車をスンナリ通せるような設計でした。


跡地
。

店の奥=裏に在った工場の跡地。
当初ココが単車の整備スペースになってて…(※コレ知ってる人はホントに極少数かと)。
因みに現在は背の高いマンションが建ってます。


259初期staff。

この店には今まで男女共々色んなStaffやサポートの人間が関わりましたが、1996年〜97年、Open当初の初期Staffと言えば彼等2人です。
当時は店の切り盛りを基本的に彼等に任せ、私は裏方オンリー、夜間位しか店には顔を出さず、接客も殆んどしませんでした。
彼等は勿論、最初期の海賊TEE製造にも大きく関わり、その後の店運営の色んな基礎も一緒に作った2人です。


(※写真→上4枚)
Open初日にそれまでのスプリンガーソフテイルから少し派手なChopper乗り換えたS氏は主に接客担当。
店内のディスプレイを作ったり、通販のTEL応対も彼がメイン、他にもタトゥアーティストとしての顔も。
因みに地獄商会の代表はずっと私なのですが、当時は彼が接客責任者の“店長”だった為か、彼がオーナーと勘違いした人も少なくないとか。
何故かしばしば、私と実の“兄弟”と間違われる事多々、互いに複雑かつ困惑した思い出(笑)。

(※写真→下4枚)
もう1人。 知り合った頃は米国帰りで単車もUSAで乗ってたせいで、イマイチ交通知識が日本人離れしてたT氏。
その英語力、発音はネイティブな方々にも普通に通じる為、英語オンリーな方々への対応も全く通訳要らず。
当初のミシン担当も彼がメイン。
他にも独自センスでデザイン&製作した“Back Ace”を企画、色んな製品を発表したり、そして何より最初期型の海賊Tee(TYPE-T)、アレのタグを縫い付けsたのは誰あろう彼1人の尽力。
日本人離れした独自感覚は乗ってた単車にも現れ、個性的なセンスの支持者が多かった。


ブロンコ(98年シークレットラン)。

シークレットラン(ミッドナイトラン)。
始まりは1996年〜97年頃?割りと初期にスタートした不定期で非公式な走りの集い。
259staffと一緒に走りたいとの1部の常連さん達のリクエストから始まり、後に段々波及して行く事になる。


徐々に参加する台数が増えて行き、深夜の騒音問題で当店の前では集合不可能となり、やがて他の場所での集合も多くなった。
大体の行き先、最初期の頃が毎回目的地を変え、中期は蒲田のステーキ屋〜横浜本牧の某カフェに流れるパターンが多く、後半はステーキ屋から青山の某クラブへ流れる事も。
殆んどの場合真夜中、深夜23〜0時頃に密かに集合&スタートする為、当初はミッドナイトランなどと呼び、後にクチコミのみで告知する為シークレットランなどと通称を変えた。
当初不定期のハズが徐々に増え、年数回の開催、年の瀬には忘年会を兼ねて毎年の恒例となった。
特に年末、都内とは言え真冬の深夜は格段寒く、しかし例えどんなに寒くても皆元気で毎年明け方まで走り回った。
いつしか本来の主旨とは異なる雰囲気となり、ただ走り目的での参加が増えた事に、管理する側から疑問が出た事で終止符を打つ。
コレは1998年頃の初夏or夏の終わり、ある週末の深夜。
参加が40台以上になってしまった為、深夜の原宿、青山通り(R246)表参道交差点付近での集合だった。


店内&製品群(1)。

1996年〜2000年頃の店内と製品の数々。
1996年当時は海賊TEEと同じ比率で新品の輸入Gパンが人気有り、それもインポートの未洗い糊付きLevi's517がダントツだった。
中でも特に当時巷に滅多に無かった厚地の黒ブーツカットは、密かな通ウケ、レア・アイテム。
原画から少々手間かけ過ぎた感の有るプリントTEEは、製作コストもかかり過ぎて本気で店が潰れかかった(苦笑)。


店内&製品群(2)。

やはり1996年〜2000年頃。
財布も色んな革を使って様々なVersionが有りました。
店内も今より全然綺麗で普通に店のようである(苦笑)。
初期から続いたShovel SportsterのTシャツは密かな人気製品でした。
クェーカーステイトの#40シングルのオイルは、遠くからワザワザ、コレばっかり何度も買いに来るお客さんが居た程。
Vol.1に出店ナシで参加した当時国内最大のイベントだったハーベストタイムには、ようやくVol.4とFinalのVol.5と、2年続けての出店でした。


海賊Tee96_98。

1996年〜98年辺りの海賊TEE。
CONCRETE PIRATE海賊TEE、初期Staff内ではCP海賊Tee、当時の旧い常連さん達は“カイT”と呼んでたコレら。
ココのOpen前に既に初期型完成してた訳だから、TYPE-Tの製造から数えると、もうとっくに20年近く経つと言うのに、世間では何故か今更話題になったり、巷ではコレで最近ウチを知った方々が1番多いと言う、そのタイムラグも含めて、何だかちょっと困惑隠せない変なシャツ。


黒×赤、黒×白、黒×グレー…その手のポピュラーな配色物は、微妙に幅や色合い変えたVersionで、既に過去にもう何度となく造ったハズなのですが、何故だか有る時には知らん顔、売り切れると途端に問い合わせが激増すると言う、少し不思議なマドロス・シャツ。
当初は1997年のTYPE-Vで製造終了予定がつい最近まで、80種類以上の配色になるまで造り続ける事になった、やはり不思議なシマのシャツ。
1998年のWでも再び終了予定が、又々反対意見多数でNG、頭に来て(笑)その年のXで脱・悪党路線の配色を試すも逆に意外な人気で又々廃盤敢えなく不可(苦笑)。
何度ヤメようとしても、いつも何故か世間に中々ヤメさせて貰えなかった、とっても不思議な横縞シャツ。
しかし今や納得出来る仕事が出来る馴染みの縫製工場が廃業してしまい、例え無理にヤメようとしなくても、今となってはもう造れないと言う(苦笑)。
てな訳で昨年めでたく(?)ついにFinalさせて頂いた、不思議で不気味なストライプシャツです。
 コレはその海賊TEE、1996〜98年辺りに製造販売した、TYPE-T〜X辺り(※ あくまで抜粋にて1部のみ、全配色では有りません)。
この年代のは今となっては恐らくかなり希少かもですが、中でもW型とX型は、今だ着てる人には滅多に会いません(※ 何故かは不明)。


CP海賊TEE'96初期型(T)、U、V、W、X、Y、2003年のZ、[、\。

同じくCP海賊TEE。
'96初期型(T)、U、V、W、X、Y、2003年のZ、[、\まで(※ 同じく抜粋にて全配色では有りません)。
縞幅も長袖Versionだと3cm〜5cmまで色々有り、Z〜\に至っては七部の1cm〜袖無しの6cmまで色々有りました(※ 因みに[は3色)。
もう今となっては現物を見た事有る人が少ないかも知れない過去モデルのカイティ(海賊TEE)君達。


大きい写真は当時の某誌の広告用、海賊TEEと言えば彼!
あの広告をご存知の方には少々懐かしい巨漢の怪人。
当時の海賊TEEのイメージキャラクターをずっと務めてくれた某氏。
実は彼、元自衛隊員で、当時は某有名カスタムバイク屋さんのStaffだった。
彼とは最初バンド関連で知り合い、そしたら偶然バイク乗り同士。
後に某カスタムハーレー屋で偶然再会した間柄。
本来はシマのシャツが特に好きな訳でなく(苦笑)、サープラスと甘い物と、何よりウルトラQや特撮大好き(※ 暫くTVの大道具やってた程)!そんな笑顔が似合うナイスガイの彼でした。
塗装のプロでも有る彼、当時、このイメージ・モデルをやってくれたせいで?巷で少し悪党な印象持たれてしまったとか(苦笑)。



(画像をクリックすると、全て別ウィンドウで見れます。)

web拍手 by FC2

↑ コメント&拍手はコチラで。
※ コメントは拍手をしてからでないと出来ません。
コメントする際に、『公開しない』に設定すると、コチラから返信が出来ないようです。
ご注意下さい。

※ コメント入れたいけど、ややこしい!という方は、『掲示板』コーナーの方が簡単かと思われます。(?)
良ければソチラに書き込んで下さい。
                                                    (※ ↑ クリックするとページに飛べます)



〜 Good-bye東京!サヨナラ上野!(ご挨拶編) 〜

(2015.08.14)

約9ヶ月も更新しないまま、久々の更新…と言うのに少し唐突な話で大変恐縮です。

お知らせにも有ります通り、この度我が地獄商会は、諸事情により現在の東京上野の店舗を閉鎖し、栃木県足利市に完全移転する事となりました。

恐らく多くの皆様には突然のお知らせになってしまい、少し驚いた方々もいらっしゃるかも知れません。

そこは心よりお詫び申し上げます。

本当に申し訳御座いません。

しかし上野の店の移転(&閉鎖)について、実は予てから、もうかなり以前から考えておりましたので、その旨ご理解頂ければ幸いです。



でも近年ココ上野の地では、年々営業に差し支える事柄が増えてしまい、その立地的にもこのまま営業を続けるのには少々難しい部分も有り…色々考えた結果、やはりコレが最善策と判断した訳です。

正直な話、今まで色々有りました。

公的、私的含めて色々有りました。



先ずは昔、Open当初の約20年前とはかなり違って来てしまった上野の環境、様々な事情。

我が店が在るココも周りの環境は激変しました。

それに加え、個人的な身辺周りにも沢山有りました。

まぁ個人的な理由…そっちはココでワザワザ話す事でもないので多少省きますが、このWebのトップページにも居る我が父、約8年ホームに居た父が、昨年他界した事も少し関わりました。

それに大部分の皆様がご存知ない話とは思いますが、約20年前のOpen当時、当初ウチの店は、私の地元のココ上野以外の場所、都内某所でOpenを予定してました。

ですが当時、少々複雑な事情が有り、ある意味妥協してココ地元上野でのOpenに変更しました。



そんな過去から現在まで、結局元から有る原因は、ずっと何処かでくすぶりながら解消してなかったのでしょう。

そうした意味では元々の“上野以外の場所での開業”と言う主旨に戻ったのかも解りません。

ですが、そんなこんな、公的、私的含めた諸々の、今まで我慢に我慢を重ねて来てしまった部分の色々が、とうとう限界に達してしまい、些か無理が生じる事柄、増えてしまったのかも知れませんネ。

…と言う訳で、ホンのつい最近まで、実際の移転先をアチコチ探しておりました。

しかし昨年末、父の他界に関しての諸々の手続きに追われてる最中、今度は私自身が交通事故により救命に運ばれてしまい、そのまま入院となってしまいました。

そして退院後も身体の治りが少々遅く(※ 実は現在も通院中)、他でも本当に意味不明な位に色々有り、どうにも中途の中断多々、途中でアチコチ回り道余儀なくされる事柄が沢山重なり…。



実際移転先を真剣に探す事に決定してから、もうとっくに2年位は過ぎてるんですネ(汗)。

今年も既に夏も終わりに近付いて、いつの間にか1年の、とっくに後半になってしまったし、結局予想以上、必要以上に大幅な時間を費やしてしまいましたが、でも最近になり、ようやく本決まりになって、こうしてお知らせ出来るようになった次第です。

しかし実際は時々、まだまだ現在も、本当に意味解らんような事、妙に下らん事で、まるで何か狙ったように(?)途中で中断や少々無駄な回り道させられる事が多くて…(※ その殆んどが注意散漫とか確認不足が生む、所謂ヒューマンエラーの類いなんですが…ホント最近、真面目とか慎重とか、一体何処行ってしまったんでしょうか??先ずはキチンと確認しましょうョ、ホント〜に…)。

おかげで最近は又々少々疲れ気味みたいです。

その辺り、詳しく話すと大体の人が不運や凶運みたいな話になるので、もうあまり話す気もなくなったと言うか…(苦笑)。

だってねぇ…?? んな事言われてもねぇ?…って感じだし(笑)。



ホント、そんな感じの色々が沢山有るのが現実なんですが〜。

あ、まさにその辺が“地獄商会”の名前の由来の1つっすよ、マジで(苦笑)。

所謂“逆運”みたいなもん??

取り敢えず近年、特にココ数年は何かの途中で雑音的な障害に出くわす回数が少し尋常でなかった。

まぁその辺り、何故か昔っから似たような事が沢山有る我が人生ですが、ホントにこの数年は少し異常な感じでした。

因みに“雑音”も、それが誰か特定の相手が居る場合とか、意味不明に邪魔される的な(?)故意にちょっかい出されるような場合とか(※おちょくられるとか)、そう言うのも割りと昔っから多かった気もしますが、その場合は勿論大体は無駄には関わらないようにしてます。

だけど時々、妙にシツコイのだけは…その場合だけは…

あ!ヤバい、又脱線だ(苦笑)!…それにコレは違う意味でも、やっぱこの話はヤメときましょう(^^;)(※取り敢えずご想像にお任せします…^^;)。



話戻します。

でも最近やっと、ようやく新天地も決まり、新しい店舗の改装工事も始まりました。

で、本当にやっと、ついにこうして皆様にお知らせ出来る運びとなりました。

尚、移転先の栃木の足利市ですが、とにかく誰からも聞かれます。

『何で栃木?何故足利?』…と(苦笑)。

それについて、特に栃木県や足利に特化してた訳ではなく、東京近郊から関東地方の広範囲までを色々探した結果、たまたまソコになった!と言うのが事実です(※ ホントそ〜言うしかない…ってのが真実)。

実際、東京都内は基より、近郊都市から千葉〜神奈川〜埼玉〜茨城〜群馬…そして栃木まで、多分恐らく…約50ヶ所位はオファーしたかと(※ 予算&駐車問題などの諸事情で、23区内は割りとハナから諦めてましたが…)。

内30軒位は実際に足を運び、内覧したり、沢山の不動産さんや家主さん等とも話しましたネ。



本当に遠くまでアチコチ行きました。

しかしかなり広範囲に拡げて色々探したけど、結局中々条件に合う所が見付からなくて…。

あまりに見付からない為、もう誰彼ナシに、人に会う度、色んな人に『良い物件有ったら紹介して!』と、常に言って回る日々でしたよ。

多分数十人近く相談したかも知れない…それ位に中々見付からなかったです。

数え切れない位、色んな土地や街や地域へ行ったけど、しかし新店舗探しも、ホント何故か障害だらけ!でしたよ、マジで(苦笑)。

今思えば随分色んな回り道させられたり、結構無駄足も沢山したのかも知れませんネ。

気に入ってココだ!と思うと、地域的にウチみたいな業種は出来ない場所だったり、イマイチ誠実さに欠ける変テコな不動産屋さんや家主さんも多くて…(※ 殆んど詐欺紛いの…ってか詐欺でしかない!ってのも幾つか有りましたネ…-_-;)。

正直『もう店舗にするのはヤメよう!』と、自宅で作業場だけ確保しよう!と、本気で諦めかけた事、何度も何度も、スゴく沢山有ります…。



でも反対に、凄く励ましてくれて、協力してくれた人達も沢山居て。

地元の幼馴染みもその1人で、彼は地元上野で不動産屋さん営ってて、その彼がホント親身になって、ずっとアドバイスくれながら本当に決まるまで凄く根気よく最後まで付き合ってくれたし、僕自身じゃ全然解らぬ知識、手続き全般も殆んど彼が、しかもほぼ仕事抜き!で手助けしてくれた。

他にも内覧する為にアチコチの地域行かなきゃならなくて、でも事故で僕が運転出来ないから、代わりに、疲れてるのに嫌な顔1つせず、ずっと運転してくれたのも旧友(※ 他の面でもこの人のおかげで新店舗も決められたようなもの!)。

そしていよいよ足利に決まり、いざ改装!となった時、その工事業者さんが少々問題有りで。

そんな時、他の業者さんを紹介してくれたのは、足利の新店舗の近くの群馬太田の某バイク屋さんでした。

ホントそのバイク屋さんとお仲間にも随分助けられました。

何せ、今回の工事の中心の人はバイク(Harley-Davidson)乗りですしネ!



因みに所在地、県や街や地域よりも、周りの環境とか、建物の立地とかを優先して探しました。

場所や地域に拘って、再び周りの環境で悩む位なら、多少遠くなるのは我慢しなきゃ!って。

でも実際は、探してる内にドンドン故郷東京から遠ざかってくし、そりゃ不安でしたよ、本音として。

果たして自分みたいな者が、見知らぬこの街でやってけるのか?みたいな事で…。

しかし最初に希望したトコ(※ 埼玉川口)がいきなり騙されかかり、次に希望したトコ(千葉の柏)も殆んど詐欺みたいな話。

後はそんな事ばかりが続き、ようやく気持ちを切り替えて又決めようと思ったトコ(※ 千葉の松戸)が又々いきなり変な邪魔が入り又ポシャる…。

何度目の切り替えをして又決めたトコ(※ 茨城の古河)は、又々不動産さんと家主さんが妙に怪しい動きで再びNG…。

他もドンドンNGが続き、殆んど全滅…(涙)…もうグレちゃいそうでしたネ(苦笑)。

…で、ヘトヘト、いい加減ヤケになって(?)決めたトコがたまたま足利。



ある意味苦汁の決断。

ある意味消去法で選択。

ま、コレも何かの縁と思ってますが(※ でも実際は足利のココも、お相手とはどうにも相性最悪で、自分ルール優先、少し失礼な時も有って、又々テンテコ舞い&二転三転しましたよ、実際は…)。

でも、先のように、凄く協力してくれた心強い味方も何人か居て…。

だから結局グレずに済んだし(苦笑)、おかげでちゃんと決められた訳です(^-^)v

その点はホントLucky&Happyですネ(^^♪

改めてココに感謝、御礼申し上げます。

『皆さんホント感謝、ホントに有難う御座いました!』



因みに新店舗予定地、結構ボロい倉庫か工場の跡地みたいなトコ(汗)。

そんな訳で改装しないと全く使えないんで現在工事しとる訳ですネ(苦笑)。

そんなこんなで流れ流れ、ついに辿り着いた先が偶然栃木の足利となった次第です(※ 栃木と言っても殆んど群馬との県境付近…)。

※ 栃木&群馬の皆さん、こんな不謹慎な理由ですが、どうかお手柔らかに…m(__)m!



でもホント、今後の事はまだまだ不安です。

地元を離れるのは先ずは仕方ない事。

自分では離れなきゃならないような事はしてないつもりですが、だけど、自分がココに居たら自分にとっても周りにとっても為にならない事が多いと判断してる。

誰かを恨んだり、妬んだりせず、潔い人!…ばかりじゃないのが残念ながらこの世の中。

ちゃんとわきまえた大人ばかりじゃないから、やっぱりコレは仕方ない。

もしかしたら又自分は割り食った決断したのかも知れないけど、我慢しても、結局ツケ上がる、甘える?ナメる?人達が居るのも事実…。

その辺りはもう、疲れてしまったのかも知れません。



生まれ育った上野は、もうとっくに昔の上野じゃないから、そこまで未練はないけど…でもやはり故郷東京を離れるのは少々寂しい。

よく知ってる人達が沢山住んでる地域に越す訳じゃないから、やはり不安は不安。

少しは親しい人も、近くに数人居るけど、他には殆んど知り合い居ない地域ですし。



でも一時は諦めかけた店も続けられるし、今思えばコレはコレで楽しく考えたいです。

それにウチ(地獄商会)自体が無くなる訳ではないので、今までご愛顧頂いたお客様、関係各位の皆様に対し(&他の様々な事柄にも)、そこまで大きな影響はないと思うのですが実際どうなんでしょうネ?

但し、現在の上野の店舗は完全に無くなりますので、やはりそこは今後、ご来店や交通の便等で、皆様には多少なりともご不便やご迷惑おかけする事が増えるかも知れませんし、又多くの皆さんに約20年間可愛がって頂いた上野の店舗が閉鎖になる事を、本当に哀しんで頂ける人々も随分いらっしゃるんだと思います。



因みに栃木の足利の新店舗予定地、正直言って都市部からは少々離れてます。

2輪&4輪なら楽だけど、電車は少し不便かもですネ。

どちらかと言えば旧い時代の様々が残るローカル色強い田舎街で、現在新店舗用に改装工事中ですが、まだ新しいTEL番号すら決まってません。

取り敢えずまだ諸々工事中なので、まだ詳しい場所すらハッキリ書けませんが、新しいトコは店の前に駐車出来るスペースが有る県道沿いなので、単車や四輪でのアクセスなら割りと何とかなるのでは?と思ってます(※ 東北道インターからは約40分、北関東道インターからなら約10分)。



ですが現在の東京とは真逆な位に静か、そしてのどかなロケーション。

近所には民家に混ざって(※ 古民家も沢山有ります)自動車関連の会社や工場、他の業種の工場等がちょこちょこ在ったりする地域なんですが、大体が古い町並み、殆んど平屋か、せいぜい2階建て、ビルみたいな高い建物は少ない場所です。

近くに野山や田畑、凄く大きな川が広がるような地域で、今までのように電車等でのアクセスは良くないけど、その分単車や車なら気軽に来れる場所かも知れませんし(※ 駅も有るには有るし、駅まで徒歩でも数分程度ですが、ローカル線にて基本は車社会です)、上手く言えませんが、コレからの色々に不安も沢山有りますが、楽しみも一杯有るんだと考えるようにしてます。



取り敢えず只今改装中の新店舗、役所だなんだの諸事情で、恐らく完成予定は9月末位の見込み。

そんな訳で現在の上野の店は、既に“お知らせコーナー”での告知の通り、9月の4連休最終日の9/23(祝/水)までで閉店&閉鎖です。

※ 9/25(金)位から10月一杯〜もしかしたら11月の途中位までは、引っ越しの為の荷造りや掃除のみに集中したいですし、足利の新店舗での再開準備も色々有る為、作業やオーダー等は基より、店頭販売や通販も全ての業務はお休みになりますので、何卒ご理解の上、その旨悪しからずご容赦下さいませ。



因みに現在も、新店舗工事中の足利にはしょっちゅう行きます。

かと言って、こっち(= 上野)でも現在やらなきゃならん事、片付けなきゃならん事が只今山積み目白押し。

なので足利通いはせいぜい毎週か2週間おきです。

しかしホントのトコは、足利の現場にももっと頻繁に行きたいんですが。

やはり新たな店を、ちゃんと自分の眼で見ながらイチイチ確認したい!と言うか。

でも現在はまだ近所に居れないので、行くのにそれなりに時間を要してしまうし、そう言った意味では凄くジレンマ?ストレス?みたいな部分が有ります。

それに足利行くには現在の店の定休日とかに行くしかないですし、そう言った意味でも現在しっちゃかめっちゃか状態と言うか、多忙と言うか、全く休みがないのが現状でして。

取り敢えず常に睡眠不足気味みたいです(*_*)



そんな訳で、この上野に在る内、東京上野としての“地獄商会”を是非見ときたい!って方々…

お手数かけて大変恐縮ですが、とにかく事前にこちらのスケジュールを確認して欲しい!ってのがマジな気持ち、本音で御座います。

因みに1番困る…と言うか、結構ヤだ(>_<)!…なのは、閉鎖した後、随分後になって『実は1度行きたかったんだよねぇ…』とか言われる時…(-_-;)

そ〜ゆ〜のホント勘弁(*_*)…てか『大っっっ嫌ぇぇ〜!』…です(苦笑)。



だってココに約20年も在ったんだからサァ(^-^;)??

でも近年、ちょっとホントによく聞く台詞っすよ、それ…

最近マジで多い。

そ〜ゆ〜の、ホント嫌で〜す(>_<)!



『いつまでも 有ると思うな 親とヂゴク!』                                        ……お粗末。



ま、とにかく、潔く行きましょう〜♪♪



…ネ(o^-')b!?                                                                      てな訳で宜しく!(^_-)-☆





PS:“思ひ出編”へと続く〜。

zigoku_showkai_HIGASHIUENO_1 zigoku_showkai_HIGASHIUENO_4 zigoku_showkai_HIGASHIUENO_8 TAKESIBASANBASHI_symphony_4



(↑↑↑↑クリックすると、別ウィンドウで見れます。)

web拍手 by FC2

↑ コメント&拍手はコチラで。
※ コメントは拍手をしてからでないと出来ません。
コメントする際に、『公開しない』に設定すると、コチラから返信が出来ないようです。
ご注意下さい。

※ コメント入れたいけど、ややこしい!という方は、『掲示板』コーナーの方が簡単かと思われます。(?)
良ければソチラに書き込んで下さい。
                                                    (※ ↑ クリックするとページに飛べます)









Copyright (C) 1990-1996-2010-2015 ZIGOKU-SHOWKAI INC. All Rights Reserved.