カートとの出会いは、5歳の夏で秦野中井サーキットで行われたキッズカートスクールに参加 した時でした。初めて聞くエンジン音にビビリながらアクセルとブレーキで進んだり止まったり から始まりました。 そして、その秋に始めてのマイカートを買ってもらいました。パイプをボルトで組み立てたパイ プフレームに30ccのエンジンを載せた簡単な構造で今見るとマリオカートみたいですね。 翌年からレースに参戦してキンダークラス(幼稚園児クラス)では記憶が間違っていなければ 全勝だったと思います。 このころの口癖は「上手だった?」と尋ねることだったらしい。「上手だったよ褒めてやると」 すごく喜んでいたとか。。。! |
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小学校6年の頃。東日本ジュニアチャンピオンシリーズのJUクラスに参戦していました。 シリーズの最終戦(6戦目)までに優勝3回・2位2回という結果で最終戦の前日練習でもトップ タイムをマークするなどチャンピオン獲得の条件(4位以上)を満たすことはほぼ間違いない 状況でした。 しかし、最終戦当日の公式練習から状況が一変し、エンジンはスタートするもコース半周で止 まってしまう現象がでてしまいタイムトライアル・予選ヒートが終わるまで症状が解消できずに 決勝は最後尾あたりからのスタートになりました。 エンジンの調子は完全ではありませんでしたが残り数週で4位目前まで追い上げたのも束の間、 4位に浮上しようとしたコーナーで前走者のスピンに巻き込まれ、またまた最後尾に転落! 諦めずに追い上げたが9位でフィニッシュするのが精一杯でした。 |
シリーズチャンピオンを初めて獲得したのは、 中学2年生の時に参戦した関東・東北地方カート 選手権FP−3クラスでした。 全4戦中で3戦に参戦し優勝2回、2位1回 という結果でのチャンピオン獲得でした。 2位1回は最終戦の結果で優勝よりチャンピオン 獲得を優先した結果でした。 |
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2006年、多くの皆様のご支援に助けられ全日本カート選手権にシリーズ参戦。 7ヒート連続ポールポジション(東地区)獲得や東西統一戦での優勝などの成績を残し、シリーズ ランキング3位を獲得しました。 専門誌から「東のスピードスター!」の称号を頂きました。 また、7年ぶりに鈴鹿サーキット(南コース)で開催されたWorld Cup(ICA Class)に参戦し、 結果は5位(日本人最高位)という悔しいものでしたが、イギリスやイタリアなどの外国人勢と 互角以上のスピードを魅せ、プレファイナルのミス(20位まで後退)からの追い上げレースの 結果でした。 |
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2008年は、TOYOTA様のご支援を受けFTRS(Formula TOYOTA Racing School)スカラシップ選手 としてFCJ(Formula Challenge Japan)に参戦しました。 シリーズランキングは、参戦者26名のなか総合7位を獲得し、第11戦ツインリンクモテギ大会では 初のポールポジションを獲得し決勝レースでも一度もトップを譲らず目標であった優勝も成し遂げました。 |
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