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ツー&サー昔
2000年3月
新婚旅行インドネシアバリ島ツーリング |
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元々毛唐文化に興味が無い上に
初めて言った外国がロシアのモスクワで
詳しくは書かないが色々大変な目に遭ったので
「新婚旅行?有馬温泉でええやん」
ってクチだった俺と若い頃ヘンな国ばっか行って
当然の様に外国を希望する嫁との旅行地交渉の末に
「海外なら」「ツーリングなら」
のお互いの妥協において敢行された旅。
意外と簡単に取れた国際免許を持って
はぐれにくい様に揃いのラキストブルゾンで
東京に本店がありジャカルタやバリに支店がある
レンタルバイクの「オギヤマモーター」に
バイクと観光ガイドの手配をする。
朝からホテルに迎えに来て貰い店でバイクを選ぶ。
1日目はデスペラード800をチョイス。
嫁は初日は俺とタンデムで様子見。
会話不能の日本人だけだと何かと危険なので
先導に現地ライダーのチャンサップ君
(名を忘れたので勝手に命名)
後ろにオギヤマの現地社員の高田夫妻が
付いてくれて完全警護の形で走る。
2日目はゼファー1100、嫁はエリミをチョイス。
3日目は交通の感覚に慣れてきたので
気合を入れて走るべく俺はTL1000Sをチョイス。
嫁は身長の都合上またもエリミネーター。
3日目は嫁は高田夫妻に任せて
俺はチャンサップ君とハイペースで走る。
出だしでTLで我ながら結構なウイリーを決めて
チャンサップ君に「ブラボー!!」と絶賛される。
外人の流暢な「ブラボー」に俺の方が妙に感動する。
舗装は悪いが都心から郊外までどっちに向かっても
信号が殆ど無い。気持ちヨス。
インドネシアのバイクは大きくても150cc程度なので
大型バイクの目立ち度は日本で言えば
恐らく10m位の風呂付リムジンに匹敵する。
日本人観光客にも凄く見られる。
キンタマーニ高原・タナロット寺院・チャンディダサ
その他諸々の観光地を3日間かけて廻り
4日目は市内観光で土産などを買う。
結局は焼ける日差しの常夏の島へ新婚で来て
マリンスポーツはおろか一度も海へ入らない
普通の若い観光客には考えられない旅になる。
ある意味で漢らしく後悔は無い。
5日目の最終日までマメに世話をしてくれた
現地のチャンサップ君始めオギヤマスタッフと
日本人ガイド高田夫妻に多大に感謝。
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当時の仕事の都合上まとまった休みは
取りにくかったのだが(今もだが)
他の人のシフトの関係で急に4連休が取れて
何気にフェリーを調べたら空いてたので
その日の夕方のフェリーに乗る。
たまたま実家に帰ってた当時の彼女(現嫁)に
「ちょっと九州行って美味い酒呑んでくる」
と船の中から自慢したら
「今ニュースで沖縄に台風来るらしいよ」
「うそぉ〜ん!!」
ま、船は出た。今更あがいてもしゃーない。
宿は俺の母親の田舎が宮崎なんで
今は亡き俺の爺さんの義妹で
爺さんの家の隣に住んでる定子婆さんの家に
厄介になる事にする。
で、バイクで村に到着すると
人が少ない村ながらそこいらから
爺さん婆さんが訝しげな目で見ている。
考えてみれば無理もない。
村の墓には同じ姓がアホ程並び
GHQの回収から逃れた旧日本軍の支給品や
戦艦大和の生写真が普通に家の中にあり
ちょい山に行けば防空壕がそのまま残り
郵便番号と名前だけで年賀状が届く所だ。
バイクといえばカブでFA確定な場所だ。
最新の750なんぞ宇宙人の乗り物だろう。
正体が俺だと分かるとわらわら出てきて
「いや〜弘坊(俺の幼名)大きくなって〜」
以下お決まりのコースだ。
暖かく迎えてもらって申し訳ないが
俺自身覚えていない爺さん婆さんが
多かったのもお決まりだ。
そこで2日間過ごしたが予報通り台風が来たので
4日目の朝4時から高速で大阪に帰る事にする。
朝も早よから見送ってくれた
爺さん婆さん達にサザンの桑田ばりに
「また来るからな〜!!ありがとね〜!!」
と言い残し逃げるように大阪へ。
結局下関あたりで台風に追いつかれ
もう全てがズブズブになって帰ったが
故郷の素晴らしさと暖かさを実感した旅でした。
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