暗黒卿降臨!! 2009.2.8 

参加者:Oモト卿、D井、S田、OGKアニキ、極殿、伸、kim、M嶋 そしてオレ様



                         
輝かしき伝統と格式を誇る我がSTC、が、光り輝くフォースの裏には必ずダークサイドがあるものである、そのダークな伝統とは…

留年である!!。

ただでさえ楽しい学生生活、嗚呼これが一生続けばいいのに(はぁと)、と思うのは誰しも同じである。しかし愛しい母校は心を鬼にし、我々を厳しい社会に送りだして下さるのである。我々はその輝かしい青春の思い出を胸に企業戦士として今日も戦うのだ!!って何の話だったっけ?。

あ、そうそう、4年間なんて儚いものよね、って話な訳で、私も泣く泣く社会に船出し散々な目に遭ったりしているわけだが…。

思えばSTC会員の学生生活は本当に儚いセミのようなものである。

1年:新兵、ドレイと同じであり、軍曹殿から将軍様までありとあらゆる上官から毎日のように罵倒され過酷な軍事教練を課される地獄である。
2年:下士官に昇進、バカヤロウ共の根性を叩き直しバリバリやることは可能だがそのバカヤロウ共が不始末をしでかせば上官からのキツイ制裁が待っておるのである。

そこを生き延びて3回生になれば我々は晴れて佐官クラスに昇進、上官の将官クラスは陸の上、艦長はオレ様である!!者共進め進め!!ヒャッハー!!と我が世の春である。がそれもわずか一年、あっと言う間に名誉職に引退、そして卒業したらまた一兵卒からやり直しである。

が、ここに一人の人物がおる、名を仮にOモト氏としておこう。彼はそのような運命に立ち向かった漢である。

無論彼にもドレイ期は存在したわけだが、向ヶ丘遊園が拠点のSTCにあって彼は一人生田に住んでいたため、凶悪な、いや厳しくご指導くださる先輩方にもあまりさらされずそのフォースを磨いていたわけである。そして2年になればドレイ共をきっついフォースでしごき倒し始めるわけである。

さて、彼の本領はこれからである。STCの表の顔は会長だが任期はたったの1年間、短いモンである。だが、このような組織である故先輩は超偉い、就職活動とか卒業なんぞしなければずっと現役の上官である…そりゃもう大変である、ダースベイダーとスターリンとイカリヤチョースケが一緒にやってきたようなもんである。

と、まぁそういうことでOモト氏はなんと大学2年〜7年目の6年もの長期にわたり影の皇帝としてムシケラ共の上に君臨していたのであった。と、なると後輩などは正規軍で出世を果たし、やっと会長に就任したところで皇帝陛下からすれば幼虫が成虫になっただけ、どっちにしてもムシケラなわけである。てなわけで4年間を過ごして追いコンになってすら卒業生なのにもかかわらずドレイのごとく一気飲み、ムシケラに産まれムシケラに死すわけである…。

ということで留年はある意味美味しいのである、ずっと学生であり超先輩なのだから社会人になってムシケラに戻る必要はないのである。今の時代にそんなことをしたらプロキャンパー一直線であろうが当時はまだ日本も良い時代であったのだ。

かくしてSTCには留年が蔓延、大元帥やら大将軍、はては右大臣、左大臣から守護、地頭までが軒を連ねることとなり、その様はワルプルギスもかくあらんという壮絶なモノであったという。

と、まあこれがあまり語られることのないSTCの裏面史である。

というか、ワタクシは清く正しいので、ついうっかりして4年間で卒業してしまったので、そんな彼らを見れば俺も7年でも8年でも学生をやっていたら良かったと心から思ったものである(実は今でもそのように思って悔しくてならないわけだが…)。そうであったら後輩諸君にもきっと喜んでいただけたであろうと確信する次第である。


と、前置きが大変長くなったが、この度、その暗黒大魔王Oモト氏が重い腰を上げて21世紀初の上洛をするというので同期のワタクシとしてはムシケラ共を集めて共にいたぶろう…いや旧友達と親交を温めようとね…。



なにせ学生時代から出不精な奴である、そもそも誕生日にもらった片山敬済のパズルにはまり学校に行くヒマがない等とのたまい、そうこうするうちに試験に行くのがダルイなどと言いだして1発目の留年を喰らったという奴である。学校に行かぬだけならそう大したこともないが、彼奴めはSTCというツーリングクラブに約7年在籍していながら公式ツーリングに出たのが2回だけ(ちなみに俺は奴とは一回しか一緒にツーリングに行ってない)、一緒に走ったバイクで一番良く見かけたのはゲタのパッソーラかリード125といった具合だ。

ま、そんなこんなで昼過ぎに遊園集合、レンタカーを借りて出発だ、腹減ったのでかつてのたまり場の一つ「旧サンデーサン(ビッグボーイ)」でランチ。

 
        
  ムシケラの方は魔王を良く覚えていても先方は忘れている奴の方が多いようだ。ショックを受けていた奴もいたが、アホか!!。
ベイダー卿があの白い連中の名前なんぞ覚えるわけがないのと同じ事である。虫のクセに生意気である。
そびえ立つダークサイド発祥の地
我々の青春の城は卒業後すぐに瓦解したが、彼の城は彼の学生生活に似てしぶとく、生田の地にいまだ健在である。
 
 
 その後Oモトの棲家であった鵜川荘を探訪、ランド坂、稲田堤、中之島、生田の駅前、良く肝試しに行った霊園、向ヶ丘遊園跡地、文殊荘跡地、宝荘跡、緑湯跡、生田緑地のサバゲー戦跡等を巡ってみた。  

        
  キャラメル一気食い(食わされ)で名をはせたムシケラも今では四十路、極殿などと名乗ってはいるが虫は虫である。 御大自らお作りになったステキなカクテルを持つOGKアニキ、目に光るのは感涙であろう。頭に浮かぶは自分たちの追いコンか…  
 さて、近年レースなど走りに厳しいという誤った状態になっているがSTCと言えば飲み会こそが漢の見せ場であることは言うを待たない!!。

ということで観光後はとり久へ。
ここで御大、男の城に集いし感心なるムシケラ共に対し伝統のステキなカクテルを下賜くださり、者共一様に感涙にむせぶのであった。見るからにすさまじい逸品、四十路で飲むのはきつかろう…同期で良かった。
極殿はちょっと到着が遅れたので責任を取ってキャラメル一気食いを志願、するとどうであろう案外するすると完食しおった…時代と共にキャラメルまでもがぬるくなったのか…。

じゃもう一箱食っておけ!!

時代と共に変わらぬモノがあっても良いじゃないか、なあ、ご同輩。


      
  ビジネス民宿みどり館
アパートチックで大変素晴らしい

大盛況のウチに一次会終了、飲み過ぎたせいか2次会はシャノアールで茶を決めて解散となった。なにせいいちこ3升が消えたイキオイであったので無理に帰ってどえらい目に遭った奴もいると聞く、事象と名を伏せてくださるところがオレ様の優しいところである。

さて、今宵の宿はアパートをホテルとして貸してる?ナイス宿・・・友人宅でたまってだべっているようでいるようでくつろぐ空間。Oモト、帰宅を断念したM嶋と3人でしばし下宿生活を堪能した。

翌朝M嶋は出勤のため早朝帰宅、Oモトも嫁さんと待ち合わせということで10時頃解散。俺は翌日東京で仕事なのでそのまま遊園に残留し、街中をうろついたりして一日過ごし、アパートにもう一泊したのだった。

しかしまぁ、みんなが去ってみると第2の故郷と思っていた遊園も誰も知っている奴がいない街だったりしてチョイと寂しいものだ。唯一話が出来るのはとり久のマスターだけなので今宵も一杯。友あってこその青春の街であることだな、などとほろ酔いで感傷的になり、しみじみと街中をさまよって疲れ果てて就寝。。

翌朝早起きして宿を出てまた散歩、駅に戻る頃にはすっかり社会人モードになり都心のオフィス街に出発!!。

毎日ダリーけど社会人もそう悪くはねーよな、ムシケラ共よ!!。




     
おまけ 2009 遊園点景 
 
24時間営業!?
かつては7時から23時までしか営業していない真のセブンイレブンだったが時代の流れか…。
古戦場にたつ木は変わらない
人間は2次元でしかモノを見ない、特に夜間は…樹上からの掃射で一個分隊を殲滅可デアル。
但し一旦バレたらなぶり殺し、戦場での慢心は死あるのみである。 
 オレ様の縄張りで調子こいたRGガンマが、400だからって上等だよ!!。軽くフロントをあげつつ余裕でぶっちぎり!!。
したら前走のトラックがウインカー無しで車線変更、珠玉のマシンTZRは散華した。
ローンは残った

けど吹っ飛ぶときにとっさにキルスイッチでエンジン切った俺って天才だ!!となぜか得意だった21歳の俺、なかなかステキな奴だ。
   
 ここが存在するうちはまだ第2の故郷かな ゲームインパラダイス
あまりはまると月末は地獄
空手道、面白かったな・・・強いあなたが好きってな。 
 これがあの戦後闇市っぽかった登戸駅前か…立ち飲み屋はいずこに
     
 街角の釣具屋もコンビニに…練り餌はどこで買えば良いんだ、教えて魚伸さん  街が高層ビルに押しつぶされそうだ
頑張れたいら荘

縁もゆかりもないけど…なんとなく
 貧しき学生共に腹一杯の鮨を食わせてくれた旭寿司もこんな姿に…俺は忘れないよ。
 爆発なんだよね  モニュメントの向こうの我が母校
シュールだぜ…
 asapiの文殊荘は跡形もなく
大家さんの寺は変わらないがね。
 橋の下をたくさんの水が流れましたのさ モノレールのない空は広いけど 駅もそのうちには・・・それも仕方ないけどね。