甦れRZV 前編

 立て続けに襲うアクシデント、迫り来る宴会開始時刻、暗闇の中で今、冷たいビールを夢見る男達の闘いが始まった・・・。

 平成13年9月8日時刻は既に5時半を周り暮れゆく空の下、TZRのヘッドライトが煌々と照らす中(嘘)作業が開始された。

 タンクを外し損傷箇所の確認、スロットルケーブルと両キャブとオイルポンプ行きのケーブルの接合部分のケーブル破断、想像を超えるトラブルだった。

 接合部の継ぎ手がなかなかはずれず苦心するたに、サポートするキム、尺・・・。しかし、世間は彼らに冷淡だった、隣に停まったキャンピングカーのおっさん(注1)はうるさいと罵声を浴びせた。作業チームはその声にもめげず黙々と修復をすすめた、その神々しい姿に打たれキャンピングカーは立ち去っていった。

 苦闘1時間半あまり、タイコを自作し装着。これで宴会に間に合うと安心して先行班に電話をする、冷たいビールが脳裏をよぎる。にこやかな3人、試しにと言ってスロットルをひねるたに、感動の瞬間を誰もが予想したその時、苦心作のタイコは・・・無惨にもはずれた・・・。


 呆然とするサポート班、しかし不屈のエンスー男(注2)たには再び立ち上がったのだった、タイコが駄目ならとワイヤーを団子むすびにし、継ぎ手に押し込む作戦を立て新たなチャレンジが始まった。7時半過ぎ、一からのスタートであった。

 金魚すくい屋台のアセチレンランプ用発電機のような音をたてて2時間以上アイドリングを続けるTZRの水温計は真夏でさえ決して到達することのない90℃を超えた。細かいパーツを落とし必死に探す作業班、DTも照明に加わるがこれも役不足、作業班の表情が苦悩に曇った。

 その時音もなくCB1300に乗った男が現れた。たまたまツーリング前に取り替えたという強力なヘッドライトが辺りを照らす、そして部品はみつかった。

 作業が完了、結んだワイアーが短いためスロットルが開いた状態なのを気にしつつたにがキックを踏み降ろした。響き渡る排気音、しかしそれはスロットルを閉じることの出来ない全開の大音響であった。

 戻すことの出来ないスロットル、それは最強の2サイクルエンジンの持つ強大な力を制御する事が不可能なことを意味した。山々に響き渡る猛々しくも美しい珠玉の排気音、作業班の耳にはそれが消えゆく2サイクルの悲しみの咆哮にも聞こえた。

 焼き付きを怖れ、すぐにエンジンを停めるとそれまでに増して静寂が辺りを支配した。沈黙する作業班、不屈の男は言った「続けましょう」と。

 試行錯誤を続ける作業班、時刻は9時を廻った。このままでは宴会はおろか宿にもたどり着かない、その時サポートの尺が提案をだした。20年近く前RZ250のスロットルワイヤーが切れたときに用いた手法を試そうと。

 それはワイヤーの先端をプライヤーでつかみ、プライヤーをスロットルグリップに固定する事によってある程度の操作性を持たせるという荒技であった。キムがバイスプライヤーを取り出した、伸はタイラップを取り出した。そして10分後RZVは息を吹き返した。アクセル開度の調整も何とか出来る、沸き上がる歓声。誰かがぽつりと言った「これでビールが飲める」。

恐怖のワンオフパーツ?

 灯りもない暗闇の峠を4台のバイクは宿に向かって下っていった。動くことは出来ても容易に操作出来ないマシンを懸命に走らせるたに、大きすぎるバイスプライヤーはフロントブレーキの操作を妨げていた。後方を走る尺の目は涙に曇った、彼の目にはリアブレーキを手で掛けながら走るミックドゥーハンの姿がたにの後ろ姿にかぶって見えていた。

 9時半過ぎ宿に到着した一行を先発隊が出迎えた。再会に感涙にむせぶ漢達、すっかり温くなったビールではあったが乾杯が始まった。しかし、その時たにが言った「アレでは帰れない、レンタカーを借りて陸送するしかない・・・」、不屈の男が初めて口にした弱気な言葉だった。

(注1):非常に不愉快なおっさんであった、我々が大人になっていたため今回は命拾いをしたが、どのみち死んだら地獄行き間違い無しであろう。(2008注ホントはキムが大変なイキオイでガンを飛ばしたのでオッサンはビビって逃げていったのであるが)

(注2)単なるアホとの説もあるがその根性には敬意を表しますです(2008注:今に至るもそのエンスー魂は衰えを知らず日々ビルダーに近づいているような気さえする)。