セルティックFCの歩み(2000〜01年編)

セルティック監督、ゴードン・ストラカンについて

 05-06シーズンからセルティックの監督にはゴードン・ストラカンが就任しています。「中村俊輔獲得に動いた男」として日本でもサッカーファンの間では有名なのではないでしょうか。では、彼は一体どのような監督なのでしょうか?

 現役時代はセルティックでのプレー期間こそないものの、様々なクラブでプレーし、そのプレースタイルは右サイドの技巧派プレイヤーとして知られています。スコットランド代表でも50キャップを重ねた実績があります。

 実はストラカンは、小学生の時にペンを右目に突き刺し、視力障害を負い、失明状態だったそうです。しかし現役時代は、その事実を隠し続けたままプレイを続け、イングランド年間最優秀選手を獲得。それだけにとどまらず、スコットランドサッカー協会殿堂という栄誉を獲得するほどの選手になりました。当然、片目が半盲でこれらの栄誉を手にした選手は、ストラカンただ一人です。

 現役引退後は、プレミアリーグ・サウサンプトン監督を経て、05〜06シーズンからセルティックの監督に就任。就任後は、わずか1年でリーグ戦優勝と欧州CL出場権獲得を果たします。翌06-07シーズンも、2位レンジャーズに圧倒的大差をつけて首位独走。そのまま大差を維持し、リーグ連覇を達成しました。このシーズンのCL予選では、マンチェスターユナイテッドをホームで撃破するなど、見事CLベスト16に進出します。これらの手腕が評価され、06年、07年に2年連続国内最優秀監督賞を受賞しています。

 

セルティックFCの歩み(2000〜01年編)

 セルティックは長い歴史を誇っている名門クラブです。では、そんなセルティックの2000年〜2001年についてその略歴を書いてみることにします。

 2000年:2月に開催されたスコティッシュ杯で、格下のインバネスカレドニアンシッスルに敗れ、ジョーン・バーンズ監督が辞任してしまいます。チャンピオンシップにおいてはレンジャーズに続く2位になるが、得点差がなんと21点と大差をつけられて99/00年シーズンを終える結果に。夏にはマーティン・オニールが新監督に就任し、ダルグリッシュの辞任直後に全面的なサッカーの指揮官となる。オニールは、イングランドのクラブと関係を持つ監督として、非常に素晴らしい評判を確立します。8月のセルティックパークでのレンジャーズ戦では、6-2の快勝をもたらし、サポーターから慕われるようになります。これは監督自身、そしてセルティックの未来に大きな期待を予期する前兆となるのです。

 2001年:2月にレンジャーズとの連戦(ハンプデンでのリーグ杯準決勝、セルティックパークでの対戦)で連勝に成功します。3月には、リーグ杯でヘンリク・ラーションのハットトリックでキルマーノックを制し、シーズン初のトロフィー獲得を果たし、タイトルを維持することに成功。4月の終わりには、残り5試合の時点でリーグ・チャンピオンシップを獲得し、さらにセルティックは、レンジャーズに6年ぶりとなるアウエーでの勝利を果たす。得点王のラーションは、この試合でなんとシーズン50得点目を記録することになります。