更新日 2009/9/7

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三菱(鉱)バス時代(−1981)

三菱美唄鉄道バス・三菱鉱業バス
(1950〜1960年代)

ここでは「美鉄バス最後の日」に美鉄バスOBの方から提供いただいた写真を中心に紹介します。貴重な資料で,感謝の気持ちを込めて掲載します。なお,60年代の三菱バス写真については飯田雅人さんのサイト ふるさと大夕張 でも多数掲載されています。既刊図書では 『駅前からバスに乗って 岩堀春夫 写真集』(ないねん出版,2003) ,『写真集 ふるさと大夕張の記憶』(読売新聞北海道支社,2007)に当時の三菱(鉱)バス写真が掲載されています。

美唄鉄道バスNO.2(札2あ2902) 1961年以前 大夕張支所前
三菱美唄鉄道時代唯一の写真。ロゴは「美鉄バス」でその後「三菱(鉱)バス」に改められた模様。大夕張地区では1956(昭和31)年9月に山内バス(砿業所前〜明石町・中学校前)が開業し,このNO.2号と新製NO.101号の2両で鹿島地区を走った。まだ鹿島〜南部間の道路は開通していないため,車輌は貨車に積んで運んできたと伝えられている。 この頃の塗装は全国各地で採用されたと言われる「旧都営バス色」で,くすんだ灰色を基調とするカラーだった。シャシは1948年式いすゞBX91であるが,フロントマスクは1954年以降のデザインで,大規模な車体改修工事を受けたようである。
(美鉄バスOB所蔵)→三菱鉱業バス 旧都営色

1961(昭和36)年頃の三菱鉱業・美唄鉄道事務所
美唄駅裏にあった三菱(鉱)バス車庫と思われる写真。一番奥の車輌の年式から1961年頃と推定される。手前の2両は1950年代後半のふそうR280/380系(ボデーは新三菱)で,エンジンがデフと直角に交わるアングルドライブ方式だった。右端の車輌はNO.14の社番が読みとれる。奥は1961年式のいすゞBA741(NO.22/すずらん)で,同年に採用された山内バス新車(次項)と同じスタイルで色違い。3両とも新カラーを持つが,「三菱(鉱)バス」の名称が使われるのもこの頃からで,貸切新色お披露目の写真だった可能性もある。
(美鉄バスOB所蔵)



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三菱鉱業バス NO.21? (札2あ2927) 1961〜2年頃 大夕張(鹿島)栄町商店街
鹿島地区の「山内バス」は上記2両のボンネットバスで開業したが,5年後の1961(昭和36)年5月に箱形の新車が投入された。当時9m級ベストセラーのいすゞBA741で,三方シート68人乗りの最新鋭車(ボデーは川崎航空機)。鹿島〜南部間の道路開通は翌年の10月で,夕張急行線用ふそうR480型ロマンス2両が投入されることになる。この頃までは三菱系の事業者でありながら導入はいすゞ車が多く,新規購入が三菱車で統一されるのは1964(昭和39)年以降である。
(撮影:高橋勇治様 〜一部トリミング〜)



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三菱鉱業バス NO.36 / くろゆり(札2う1522) 1966年頃? 大夕張営業所
当時の大夕張営業所の様子がわかる数少ない写真。1956(昭和31)年に2両で始まった同営業所は夕張急行線,札幌特急線の開業,貸切事業の開始により70年頃までには10両を越える規模となる。写真は60年代中頃の写真であるが,NO.36/くろゆり号は1963年式で当初美唄または札幌の貸切車。1965年頃に大夕張へ転籍,札幌特急線などで活躍したのではないかと考えられる。なお車庫には二種類の表札があるが,右側は「美鉄観光株式会社 大夕張営業所」とある。
(夕張シューパロダムインフォメーションセンター所蔵)


三菱鉱業バス NO.47 / あかしや(札2う1563) 1960年代後半
三菱バス色がよく映える最古のカラー写真。この頃の貸切車は社番以外に愛称を持っていたようで,写真の車は原版から「あかしや」と読みとれる。1964年式ふそうMAR480 (呉羽自工)で,1968年3月に乗合転用,同12月に大夕張へ転籍となる。この頃までは貸切車でも通称「バス窓」が標準仕様で,ロマンスシートの背もたれは左右分かれていない一枚つづきのものである。
(美鉄バスOB所蔵)



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三菱鉱業バス NO.47 / あかしや(札2う1563) 1969年頃? 大夕張(推定)
大夕張山内バス車と同じ高橋勇治氏撮影であることから,上記「あかしや」号が大夕張営業所へ転属となった後の写真か。大夕張営業所では前項「くろゆり」,次項の「シューパロ」号の他「はまなす」の愛称を持つ車輌が60年代に在籍したようである。営業所間の車両移動は割合頻繁にあったようで,このあかしや号はその後中ドア増設・三方改修工事を受け,美唄市内線で活躍したと思われる。
(撮影:高橋勇治様)



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三菱鉱業バス NO.41 / シューパロ(札2あ2627) 1970年頃 札幌市内
大夕張営業所の車で,札幌市内へ観光時の写真。テレビ塔の見える位置から三菱クラブ(旧永山邸)前か。車輌はふるさと大夕張三菱(鉱)バス前右側,バス旅行写真と同一と思われる。1963年式ふそうMAR480(呉羽)で,車歴7年くらいになる計算だが車体の状態がよい。大夕張営業所の貸切営業開始は1963(昭38)年6月で,「シューパロ号」は大夕張貸切車第1号だったようである。
(写真提供:奥山道紀様)

三菱鉱業バス(1970年代)

70年代の画像はあまり多くありません。ここではvanagon714様から提供いただいた貴重な写真を紹介します。

三菱鉱業バスNO.78(札22あ・890) 北5西6三菱車庫(1975年)
現在の京王プラザホテル東向かいにあった札幌営業所車庫。ここで札幌地区の貸切事業と札幌特急線(大夕張駅前〜札幌三菱車庫)の発着業務を行った。NO.78は1974年式ふそうB805Nで,撮影当時もっとも新しい車輌。横の登録番号「31」が読みとれる車輌は1969年式のNO.70(札2う1731)号で,78号とディテールが異なることがわかる。どちらも貸切車だが,その後大夕張(営)に転属し特急・急行線で活躍した。
(写真提供:vanagon714様)→美鉄バス NO.78参照

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