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| 1970年10月10日の日本グランプリ中止について |
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| 1968〜69年と 日本GPを制した 日産自動車は |
| 70年のGPレース開催四か月前に 突然出場中止の発表をした。 |
| その理由として 次の三つが挙げられた。 |
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| 1:各自動車メーカーは 公害安全問題に 直面しており |
| レーシングカーの開発に技術力を裂くことが出来ない。 |
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| 2:レーシングカーの開発は 一般車への品質向上に必要であったが |
| 昨年の優勝でその目的は 達成された。 |
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| 3:グランプリ レースに於いて 日産・トヨタの 大排気量化が進み |
| メーカー車でないと 勝てなくなり 一般参加者が 勝負をする余地を失わせている。 |
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| 以上の コメントを 1970年 6月8日に 発表した。 |
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| これを受けて JAFグランプリ組織委員は トヨタ自動車と協議の上 |
| 6月12日に 日本グランプリ中止を 決定した。 |
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| 当時 私は、1年に一度のレースを 楽しみにしており、とても残念だった事を 今でも良く覚えている。 |
| レース好きの人ならば この日産の中止表明は 首を傾げるほどの出来事で有り |
| 関係者を含め “寝耳に 水”であった。 |
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| これから 1970年から今日までの 私の見解を 書かせて頂きます。 |
| あくまでも 私個人の意見です。 |
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| 1:について |
| 当時 公害対策車は 各メーカーにとって 深刻な問題であったが |
| 70年日本GPの終了後でも良かったはず。 |
| 中止表明後も 車の製作を進めており 日産のレーシングカー製作チームも 継続していた。 |
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| 2:について |
| 1969年のGPレースから 8か月もたち、1970年GPの 4か月前の コメントとしては おかしい? |
| 又、中止表明後も アメリカの カンナムレース出場の為、準備開発を 進めていた。 |
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| 3:について |
| :大排気量化を 最初に進めたのは 日産であった。 |
| 68年のR381は 他社の5リッターのシボレーエンジンを積み 勝利! |
| 69年のR382は エントリー時は 5リッターで、レース直前に 6リッターに変更! |
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| トヨタは 5リッターで、今年はやっと 同じ条件で勝負が見られると思っていたのを 覚えている。 |
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| 以上の事から 日産がGPに取り組む姿勢とは 全く反対の 中止表明であった。 |
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| 私の考える本当の理由は簡単 ! |
| 今年の日本GPは トヨタ7ターボの仕上がりを見ると トヨタに負ける。 |
| 負けて 71年のGP中止表明を出すよりも 今の方が 得策と判断したのだと思う。 |
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| 以上の事を念頭に於いて 仮想 「70’日本GP」を 読んで頂きたい。 |
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