
ダイハツ工業株式会社(ダイハツこうぎょう, Daihatsu Motor Co., Ltd.)は、日本の自動車メーカーの一つである。本社は大阪府池田市。ブランド名、社名の由来は、地名と前社名の「大阪」「発動機製造」の頭文字を組み合わせた「大発」から。
軽自動車を主に生産している会社で、日本で最も歴史の長い量産車メーカーである。特に軽自動車では、トップメーカーであるスズキとの激しいシェア争いを展開している。2006年はスズキが軽自動車減産(普通車増産)の戦略をとったこともあって、1973年から2005年まで33年連続首位のスズキを抜いてトップに立つのは確実となっている。現在はトヨタ自動車の子会社であり、会長に前トヨタ自動車副社長の白水宏典が就任するなど、トヨタ色が強くなっている。
1960年代までは、オート三輪(CO型、CM型、ミゼット)でマツダとともに市場を二分していた。
過去には、国鉄気動車向けにV型8気筒90psディーゼルエンジンを動力源にした冷房電源発電用「4VK形」ディーゼル発電機を供給していたり、シャレードで当時世界最小排気量の乗用ディーゼルエンジンを開発したりするなど、ディーゼルエンジン技術にも長けている(鉄道車輌用ディーゼルエンジンや中〜大型船舶用ディーゼルエンジンは系列の「ダイハツディーゼル」で製造)。
DAIHATSU車専門のカスタマイズブランドとしてD-SPORTが存在する。 地元である新大阪駅の在来線コンコースではダイハツ車が何か一台展示されている。
海外事業
1989年には当時小型車市場が拡張の傾向にあったアメリカ市場への参入を試みたが、知名度が低く、ディーラー網の整備にてこずった事などから売れ行きが伸びなかった為、数年で撤退した。また、2006年3月にはやはり不振を極めていたオーストラリア市場からの撤退を発表している。
マレーシアでは1993年に現地資本との合弁で同国第二の国産車メーカープロドゥアを設立。現在では同国初の国産車メーカープロトンを抜いて最大手に踊り出る可能性が強まっている。
沿革
1907年、大阪市で「發動機製造株式會社」を創立
1930年に三輪自動車を発売する。
1951年、現社名の「ダイハツ工業株式会社」へ改称した。
1967年、トヨタ自動車と業務提携。
1998年、トヨタ自動車がダイハツ工業株の過半数を取得し同社の連結子会社となる。
1999年、リコール隠しが発覚。運輸省より改善措置勧告書が出された。
2007年、3月1日に創業100周年を迎えたのを機にコーポレーションスローガンを「Innovation For Tomorrow」に変更。