Why? ...なぜまた40歳を前にライダー復帰?

2002年11月23日(土)
数日前の週間天気予報では雨。心配した天候だったが晴れた暖かい日となった。子供を習い事に送る妻の車に途中まで同乗し、電車に乗り換え登録の終ったバイクを「迎え」に行った。20年前初めてバイクに乗った当時は、段階を経ずにいきなり中型免許での公道デビューで随分不安があった。今回は、ある意味段階を経たものの、15年ものブランク、そして何よりもいきなり1300の大排気量のマシン...果たしてちゃんと乗れるんだろうか、それ以前に非力な僕は、自宅マンションの段差のある狭い駐輪場にうまく入れられるだろうかと「だったら買うなよ!」と頭をハタかれそうな情けない心持でバイク屋さんに向かった...
予定より遅れて到着。バイク屋さんは引渡しの準備をしてくれていた。お金を即金で払い、暖機しながら説明を受けた。
あぁ、やっぱりいい音だ〜。でも何か緊張するなぁ

「不安だからハザード点けて帰ろうかなぁ」というと「大型でそれはやめてください...」と苦笑いで咎められてしまった。
いよいよ出発。走り出すと、案外普通に乗れた。でもウインカー操作が昔と違いちょっと困った。真っ先に成田山にお守りを買いに行こうと思っていたが、暗くなったので翌日に延期することにした。家に帰るとやはり駐輪場入れに難儀した。そしてもう一つ、ヘッドライトの消し方がわからない....恥じをしのんで翌日バイク屋さんに電話して初めて「常時点灯」と知った....納車時にバイク屋さんが点けてくれたものとばかり思っていた。全く情けない....初日はこんなところ....


そもそもなぜ、40を前にライダー復帰(しかもランクアップして)を試みたのか?

回顧
(解雇じゃないよ! 蚕でも...もうええて...)
1985年8月30日(金?)
来年は4回生。就職活動をしなくては...という意識から、これは学生時代最後のツーリングと決めていた。もうこれで自分の青春は終ったんだなぁ(クサ過ぎ! 臭ってきそう)とひとり感慨に浸りながら夕焼けに向かって走った。そして単独北海道ツーリングを終え小樽を離れた。
青すぎる空、広すぎる大地、地平線、そして満天の星。あまりに強烈な印象を残した北海道。就職を期ににバイクも手放すと決めていたが、心のどこかで「いつかまた...」とそのころからずっと想い続けていたのかもしれない...4回生になり、就職も決まりバイクを処分した。自宅まで知人が軽トラで引き取りにきた。荷台で揺られて去っていく愛車が「ドナドナの子牛」のように見えた。

その後実生活ではバイクから離れていったが、2001年まで時折バイクに乗る夢を見た。でも夢の中のバイクはなかなか進まない。前輪と後輪が離れていってしまう!....。
働き始めて何年か経ち、通勤途上で目にしたバイク。
このシルエット。僕の愛車じゃないですか! でも大きい! 車体には XJR1200 と記されている。おぉ〜〜
好きなのに別れた昔の恋人に出会ったらきっとこんな気持ちになるんだろうな。そのバイクはそれから勤め先の近くに毎日止まっていた。「いつかこのバイクに乗りたい」という想いが強く沸いた。
それからまた数年、バイクから遠ざかっていたので全く知らなかった! いつの間に大型が教習所卒業で実技免除になってたんだ? その事実を知ったとたん、潜在的な想いが一気に表に噴出した!っというのが近い表現になるのかもしれない。少し遠かったが、二輪専門の教習所に入校。昔中型では結構苦労したが、順調に卒業(休日のみで一ヶ月)し、大型免許を取得した(2001年12月)。マンションの二輪駐車場の空きをまじめに1年待って(管理組合厳しいんだ...自転車すらそのへんに止めさせてくれない)ようやく購入できた。大型免許の取得の時も、購入の時も妻は随分心配したが...


結局色々リサーチして、1200ではなく、ちょっと高かったが検査2年の1300に乗ることとなった。

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