島松自衛隊引込み線跡

島松駅からはかつて陸上自衛隊島松補給廠に引込み線が設けられていました。燃料輸送用だったようで、今でも島松駅裏にある日本石油輸送の施設はその名残と言えるかもしれません。これがいつ廃止されたのか実は定かではなく、資料も手元に無いのではっきりとはしません。しかしその廃線跡は今でもほとんどたどることが出来ます。そこで2004.12.4にその様子を調査しました。

右の写真は1976年の航空写真で国土地理院のページからダウンロードしました。ヘアピン状にカーブした線路跡(現役かもしれませんが)がはっきりと分かります。そこにある数字の地点で写真を撮影しました。

@地点、島松駅の北側です。現在の4番ホームから延長されるような形で駅から北に出て踏み切りを過ぎるとすぐに左にカーブを切って本線から離れて行き、林の中に入ってゆきます。

←↑島松駅の北側の踏み切り、ほんの数メートルですが、砂利の道床が残っています。

↑道床の切れる少し前から左にカーブを切る線路跡がはっきりと分かります。1990年代中頃まではこの辺りに引込み線のキロポストが残っていました。

←カーブの先小さい林の中に線路跡が消えているところ。

A地点、道々江別恵庭線との交点。道々の拡幅工事のため踏切の跡は全くうかがい知ることが出来ません。島松駅から来た線路は「グリコ」の向上の脇(左写真の左から中央につながる水色のフェンスの脇)を通って江別恵庭線と交差して居ましたが、今でははっきりとは分かりません。逆に右写真はその反対側ですが、こちらははっきりと線路跡が分かります。
B地点。左写真はここからA地点を見たところ。便宜的に道として使われているようです。右写真は自衛隊基地方向を見たところ。草に覆われていますが、何となく線路跡は分かります。が、この先は工場の敷地内となり、暫く跡をたどるのは難しくなります。
C地点。左写真は島松駅方向工場敷地内を望みます。途中で柵があり中には入れなくなっていますが、敷地内で線路跡は車両の通路として使われているようです。右は自衛隊基地方向を見た者です。ここからは完全に道路となっています。写真の左側には今は入居者がいなくなってしまったと思われる集合住宅があります。
D地点。市道との交差点付近で自衛隊基地方向を見ています。ちょうど道路のアスファルトがひび割れているのが元の踏み切りで、路盤の質の違いでひび割れたものと思われます。左写真は道路になってからずっと道の両脇に立っている「防衛庁」と書かれたポールで、道路となった今でも引込み線跡の敷地は防衛庁管轄だと分かります。
E地点。ここでは完全に農道と言う感じになっています。左が島松駅方向、右が自衛隊方向で右写真に見える建物はすでに自衛隊基地の建物です。
F地点。たどれるのはここまで、この先は自衛隊施設内に入ってしまいます。左写真は自衛隊施設横の市道とE地点方向です。やはり道路のアスファルトには路盤構造の違いから生じる亀裂が走り、踏み切り跡がはっきりと分かります。右写真は自衛隊敷地手前の路盤跡です。

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