721系あれこれ

721系にまつわる色々な話題、過去のトピックスなどを取り上げます。


721系の編成の向き

721系は現在一般車ではクモハが札幌向き、サハが苫小牧向きで統一されていますが、最初の2本は逆向きの編成で札幌にやってきて、暫くそのまま走っていました。もちろんそれは営業開始前の事で、11月3日を前に今と同じ向きに方向転換されました。写真は方向転換される前の試運転中のF-2編成。撮影場所は豊平川橋梁で、左が白石方、右が苗穂方です。ちなみに721系営業開始前の試運転は専ら函館本線で行われていました。営業前の試運転を千歳線で行ったのは100・200番台が最初のはずです。


旧札幌地上駅と札幌高架化前の721系

721系は1988年11月3日の札幌駅高架化と共に営業開始のため、地上の旧札幌駅とは縁がないように思われがちですが、当然の事ながら試運転時には旧札幌駅も通っているわけで、一般公開もかつてのおなじみホーム0番で行われました。0番ホームと言えば、ほぼ千歳線発着用に使われていたホームで、旧札幌駅で唯一721系に人が乗り降りしたホームとして、千歳線を主体に走っている721系となにかしらの縁を感じる、と言ったらこじつけでしょうかね。

完成間近の現在の函館本線高架線線路をバックに今は無き地上線を走る試運転列車です。区間としては桑園―琴似間で、721系としてはこの地上線は試運転時にしか走っていないので、非常に珍しいシーンと言えます。

F-15編成の変形スカート

正確な期間は定かではないのですが、F-15(現在のF-3015)編成は1997年から98年にかけての一時期クモハのほうだけにフロントマスクと面一の変形スカートを付けて走っていました。非常に手作りの感覚がただようスカートで、一体何のためにつけていたのか定かではないのですが、時期から考えて、またキハ261系のスカートの形状と似ている事から、ひょっとしてこれの試験だったのではないかと勝手に想像しています。正確な所をご存知の方はお知らせください。


海峡線の721系

721系は1度だけ津軽海峡線で試験運転をしています。鉄道ファン誌93年4月号によると、93年1月11〜12日にかけて函館―新中小国間でF-2編成が各1往復しています。その当時は721系を増備するか、海峡線ローカル用の電車を新製して電車化の計画があったのかもしれません。が、その時は実現せず、98年の781系の試験を経て、789系電車「スーパー白鳥」に繋がったわけです。写真は1月12日江差線の有名撮影地を函館に向かう721系です。

uシート車の普通列車

千歳線や函館本線沿線の利用者やファンには周知の事実ですが、朝夕のエアポート編成が定期で走ることによる普通列車の自由席uシートの他に不定期で普通列車にuシート編成が入る事がありました。2000年の出始めの頃はいろいろなuシート付き編成が使われていたのですが(このサイトのタイトルバックも普通列車で走るF-1001です)、エアポートが130km/h化以後F-3015、F-3017、F-3019あたりが時々エアポート運用から外れて普通列車として走っている姿をたまに見かけました。しかし全室uシート化された2004年以後uシート付きの3両編成はF-1009のみでそれが単独で走ることはほとんどなくなりました。


721系と踏切事故

どうしてもたまに踏切事故は起こる事があります。1度だけ721系の踏切事故シーンを撮影した事があります。場所は恵庭―恵み野間。1990年1月、登場して間もないF-10編成が夜除雪車と衝突しました。へこんだ車体が非常に痛々しく感じます。大怪我や死者がいなかったのが救いですが、中に乗っている乗客こそ迷惑です。何時間閉じ込められたのでしょうか?こんな事はあまり起きてもらいたくないですね。

道産子F-17編成

135両、34編成存在する721系ですが、その中でもF-3017編成は唯一JR北海道苗穂工場で製造されました。製造と言っても外板から全て製作したのではなく、ノックダウン方式と言って車輌メーカーからパーツ状態で納入してもらいそれを組み立てたのです。正直な所、製作工程の最後の2割ほどを担当したと言う感じなのですが、それでも道産子である事には変わりありません。苗穂工場では大昔のD51型、近年のリゾート列車に次ぐ新製車輌です。それ以後暫く苗穂工場での車両新製はありませんでしたが、2006年になってキハ261-1000が川崎重工製の車体にエンジンや車内のぎ装などをすると言った形で行われました。しかし総勢13両と言うキハ261-1000の組み立てに1年以上かかっているのは何とも時間がかかりすぎです。東日本の新津車輌製作所は本格的に新造をしているのは良く知られていますが、北海道はそれほど毎年新製車輌があるわけではないので本格的新製設備を持つのは無理なのでしょうね。

苗穂工場製を示す銘版


721系の急行列車


1990年8月15日撮影

721系は先輩の711系と違い定期の急行運用に就いた事がありません。それは急行列車がもうほとんどなくなっていたという時代の違いや、3ドアでトイレも3両に1ヶ所で洗面所がないといった車体構造の問題もあると思います。が、実は臨時急行で走ったことがあります。1990年8月、お盆の帰省時期に当時の千歳空港への需要が高まったため、札幌からの臨時急行が721系で運転されました。残念ながら列車種別表示は「臨時」なのですが、札幌駅の電光表示には「臨時急行」と入っていました。何日間運転されたのか、記録が残っていないのですが、721系の急行列車はこの時だけだったと記憶しています。
それで思い出したのですが、98年頃781系を海峡線に転用する計画が持ち上がり、それに伴って特急「すずらん」を快速に格下げして721系化する案があったそうです。実現していたら札幌―室蘭間の輸送はどう変わっていたのでしょう。

雨と721

現在では全くそのような事はないのですが、登場したばかりの頃721系は雨に弱い電車でした。別に雨漏りがするとか、窓やドアから水がしみてくると言うのではなく、加速時の空転が激しかったのです。ステンレスによって車体重量が軽いのと当時国内でもトップクラスの加速力によってそれは起きていました。特に酷かったのが下り列車の上野幌発車で駅を出てすぐの上り勾配で加速してはすぐに空転するので減速、といった事を繰り返すためその上り勾配が終わるまでほとんど加速できませんでした。でしたので雨の日の721系はちょっと乗っていると気持ちの悪い電車でした。
 それも次の年に2次車が出るまでには改善され(どのように対策したのか不明なのですが)、今では雨だろうと雪だろうと苦も無く乗り越えるたくましい電車になっています。

モハ721-1009の床下


1009の床下


他の1000番台の床下

ハンドルネーム優駿浪漫さんが気が付いて教えていただいたのですが、1000番台VVVF編成の中でモハ721-1009だけ他のモハと床下の作りが違っています。私もよく見てみたのですが、その作りは後から出てきた731系のモハと良く似ています。モハ721-1009は95年頃に731系の試験と言う形で電気システムが731系と同じ物に改造されているので、そのためにこういう事になっているのだと想像されます。

ADトレイン

2003年3月6日にオープンするJR札幌駅の駅ビル「ステラプレイス」をPRするために車体及び車内にその広告を取り付けたJR北海道では初めての広告列車でキハ201系と721系に施され、721系ではF-3022・3023編成が選ばれ、1月17日に初めて目撃されました。3月一杯の予定でしたが、4月第1土曜日までは目撃されていました。
2003年5月31日、JRタワーに「JRタワーホテル日航」がオープンするのをPRするために、ADトレイン第2弾が今回はF-3101に施されました。JR北海道のプレスリリースによると、期間は5月12日から6月30日の予定だが、最初の目撃例は5月10日でした。前回の第1段とほとんど同じデザインですが、青色のステッカーの文字が変わっていました。

異端編成その1・F-1009

 床下の所でも取り上げたF-1009編成、2003年秋の全室uシート化に際して益々異端編成の趣を強くしました。電気方式が731系に準じたIGBTに改造されていて屋根、床下がオリジナルのモハ721-1000番台(現4100・4200番台)とは異なることに加えて唯一の3両固定でuシート車を組み込む編成となりました。基本的には3両だけで走ることはないのでuシート車であるクハ721-1009が先頭に出ることは滅多にありません。右の写真は試運転時の珍しい写真です。


異端編成その2・F-5001

 F-5001は2003年12月uシート1両化に伴う1000番台の組み替えに伴い余剰するクハ2両と新造のモハにより組成された3両編成。なぜこのような事をするのかと言うと、785系でuシート車を増結した時の経験から同一編成中に出力の異なる旧1000番台のモハと新造のモハを混在させないため、モハが8両必要なのですが、必要な6両編成が7編成だったために余るクハが出ることになったのです。
 中間の新造したモハ721-5001も同時期に新造された車両と異なり、デッキ付きとなりましたが、仕切の窓が無くシートはセミクロスと言う721系でも唯一の車内構造となりまた。
異端編成としては、上の2本のほかにもF-3022・23があげられると思います。これも最初は3両固定のF-22編成に後から中間車を増備して6両固定にすると言う、最近の8次車に見られるようなことをしたので、元々の3両と後から増備した3両では車内の細かいところが異なっています。

 幌の付いた6両固定編成

 721系はシステム上6両編成までしか組めないため、6両貫通編成の場合他の編成と連結することがないので貫通ドアは有っても幌は付けていません。ところがuシート1両化の編成組み替えで最後に出てきたF-4104・4204編成の札幌方には組み替え前の3両編成の時に付けていた幌がそのまま付けられていた。さて、この幌はいつまで付けられているのだろうかと思っていましたが、04年3月改正の直後にははずされてしまいましたので、実質的に1ヶ月も付いていなかったことになります。

1〜7次車初のボディーマウント改造車


山側・クハ721-5202


海側・クハ721-5102

2003年に登場した8次車は721系初のボディーマウント構造で登場しましたが、床下からの行き落下による石の跳ね上げ防止のため、恐らく2004年に入ってからF-5102.5202編成のクハが7次車以前の車としては初めてボディーマウントタイプに改造されました。山側と海側で見た目がかなり違い、海側では、いかにもボディーマウントと言う感じになっていますが、山側ではカバーが一部車体中央部に寄っていて、少しわかりにくくなっています。その後他車に波及するかどうか、波及したとしてモハはどうするのか気になりっていたのですが、結局6両固定編成は全て床下がボディーマウントになってしまいました。

ADトレインその3・「知床トレイン」

知床半島の世界遺産登録を後押しするキャンペーンに協賛して721系第3のラッピングトレインが2004年6月12日から走り始めました。対象となったのはF-4104編成がまず登場、今回はサハとクハにラッピングされていて、モハにはされていないのが特徴です。少し遅れてF-4102編成も同様にラッピングされましたが、8月29日の段階ではF-4104編成はすでに通常塗装に戻っていました。

テールライトの改造(LED化)


0番台のテールライト


130キロ対応車(4200番台)のテールライト

2004年春になって気が付いたのですが、エアポート用6両貫通編成をはじめとして、130キロ対応車のテールライトがいつの間にかLED化されていました。恐らく3000番台は改造だと思うのですが、元1000番台のVVVF編成は元からLEDだった可能性もあります。改造時期は3000番台化された時、ヘッドライトのHID化と同時に行われたのではないかと推測しています。

花トレイン

2005年「北海道ディスティネーションキャンペーン」に協賛して3本の「エアポート」用6両編成が「花トレイン」として運転されました。運行期間は基本的に6月1日から9月30日までと言うことになっていました。
1本目は「礼文・利尻」をテーマとしたF-3102・3202」編成で、2005.5.31に最初に目撃されています。基本的には今までのADトレインや知床トレインと同じ感じのステッカーデザインですが、大きさが今までのものより小さくなっています。ちなみに「uシート」車にはステッカーは貼られていません。
2本目は「美瑛・富良野」をテーマにしたF-5101・5201編成で、2005.6.1から目撃されています。

3本目は「知床」をテーマにしたF-4102・4202編成です。他の2編成からは大幅に遅れて6月28日に初めて目撃されました。

助手席ポリカ化試験車

721系も「快速エアポート」で130km/h運転を行うようになって窓ガラス破損防止のために客室窓からポリカーボネートに交換されていますが、それに引き続き貫通扉窓がポリカ化され、最終的に2005年11月頃から試験的に助手席窓が一部の編成で試験的にポリカ化されています。2編成で試験されているようで、編成番号はF-4102・4202とF-5102・5202で、編成番号の下に小さく「ポリカーボネート試験中」のシールが貼られています。なおポリカ化された窓の下には霜が着くのを防ぐために電熱ヒーターファンが取り付けられています。

シングルアームパンタ化

湿った重たい雪による離線防止のためにJR北海道の全電車を対象にしてパンタグラフのシングルアーム化が2003年秋ぐらいから(時期ははっきりとしていませんお許しください)進められてきました。2005年12月には最後のF-14編成のみオリジナルの下枠交差型パンタとして残っていました。このF-14はJR北海道の全電車中最後の非シングルアームパンタ車でもありました。

F-1009編成単独運用

3両固定編成で唯一全室uシート車の付いた編成F-1009、日頃はもう一つの異端編成F-5001とコンビを組んでuシート先頭車は頭に出てくることはないのですが、ごく稀に単独運用に付くことがあります。2006年2月までに私が知っているのは2度で、知っている範囲での最初は05年5月、2度目が左の写真を撮影した時の06年1月です。撮影場所は千歳線ではありませんが、ここでしか撮影できませんでした。

F-5001単独運用

上のF-1009の単独運用に入っていれば当然相方であるF-5001も単独運用をしている訳です。分かっていながら5001は1009に比べると少し地味なので捕まえるのが遅くなりました。でもやはりモハを見るとクハに比べて窓配置や艶に違和感がありますね。06年3月15日の撮影です。

花たびラッピング

 2006年も北海道ディスティニーキャンペーン「花たび北海道」に協賛してラッピング列車が3編成登場しました。期間は昨年と同様6月1日から9月30日までとなっています。

1本目はF-3022・3023で「富良野・美瑛」です。5月21日頃に登場しました。イラストの大きさは今までで一番大きくなり、ドアからドアまで一杯の幅になりましたが、絵柄は1種類となりました。ちなみにこの編成は床下ボディマウント化工事も同時に施工しての登場となりました。ちなみにこの編成は「ステラプレイス」ラッピングに続いて2度目の起用となりました。

2本目はF-5101・5201の「利尻・礼文」です。6月に入ってからの登場でした。この編成は昨年の「富良野・美瑛」に続いての起用となりました。

3本目はF-5103・5203の「知床」です。これは「利尻・礼文」と相次いでの登場でした。この編成は初ラッピングです。


短期間の珍編成

 掲示板などで噂に上った珍編成。2006年10月末に踏切事故で自動車と衝突したF-3102・3202編成。つぶれた先頭車側のF-3102の3両の代わりにF-3015を繋げてエアポート用6両編成が不足しないように急遽仕立て上げられた。実質走った期間は2006年11月13日から24日までの12日間で、最初は「エアポート」にも使われたが、すぐに外れて普通列車主体に使われていた。
 私が撮影出来たのは11月20日の1回だけでした。

一次車のシート地張替え


F-5編成のシート


F-3編成のシート

 2006年夏の終わりぐらいから1次車(F1〜F8編成)のシート地をオリジナルの赤から2次車以後と同じ茶色の物に張り替えた車が出現しました。F3編成の手すりは茶色に塗装されていますが、それ以外ではオリジナルの黄色のままです。また全編成車内の壁の化粧板は変わらず、肘掛も赤いままなので2次車以後との識別は容易です。2007.1月末現在オリジナルの赤シートが残っているのはF-1・6・8の3編成のみとなっています。

北海道洞爺湖サミットPRラッピング

 2008年7月に洞爺湖で先進国首脳会議(サミット)が開催される事になり、2008年の3月から3編成がPRのためのラッピング編成となって走り始めました。今回選ばれたのはF-3103・3203、F-4103・4103、F-5103・5203編成で、F-5103・5203編成は前回2006年の「花たび北海道」に引き続き2度目の起用ですが、他の2本は初めてのラッピングとなりました。また以前までのラッピングでは編成ごとにデザインが違いましたが、今回は全て同じデザインとなっています。
ラッピングのデザインは2種類で1両に2種が貼られています。一番上が朝日の洞爺湖と美瑛町のキガラシの丘。2段目が上富良野のラベンダーと昼間の洞爺湖で、従来のラッピング同様両者共に客用ドアの間の窓の下に貼られています。
今回は連結面に近いところにも「YOKOSO!JAPAN HOKKAIDO」と「北海道サミット道民会議2008」のステッカーが貼られています。

 

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