気が向いたら各車毎の紹介ができればと思いますがとりあえず。

Attention!! (コメントは全て私の感想です。「いや俺のマシンはそうじゃない」等気分を悪くされた場合はご容赦を。)


RZ250 4L3

RZ250(4L3 昭和56年式) 詳細は画像をクリックしてください。

1993年5月に解体業者より購入。

350(4LO)ダブルディスク仕様以外はドノーマルの欠品なしで9万だった。

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 購入後しばらくはユーゾーチャンバーとオーリンズサス位の変更で充分楽しんだし不満もなかった。

 だが、クラブマン誌が火をつけた?RZブームの際、調子にのってTZの足廻りを入れたことが不幸の・・・。

 

RZV500R 51X

RZV500R(51X 昭和58年式) 詳細は画像をクリックしてください。

1991年3月に地元YSP店オーナー車輌を譲ってもらう。
確か険付で30万位だったと記憶している。ローン中の後方排気を売却して資金は調達した。
最初からマフラー、エアクリーナ、キャブ廻りが改造された所謂輸出仕様だった。
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美しいスタイリングで免許取得時から憧れのモデル。納車時は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
が、乗ってびっくり1KTや3MAと比べると動力性能は別にして車体剛性を含めハンドリングまでもっさりした感じ。
当時でさえそう感じたのだからレプリカブームで急速に発展したバイクを経験した人が「曲がらん・・・」「ブレーキきかねー」、「フレームよれる〜」なんて感想を持つのもわかる。でもちゃんとセットアップしてやればかなりの部分は解消されるのだ。

画像はなぜかしら海外のRZVオーナーズクラブに私の愛車が?無断でコピーさせてもらいました(笑)        

(RZVオーナーズクラブ主催、誕生20周年記念イベントにお邪魔させてもらった時のものだと思います。その節は大変お世話になりました。楽しかったです。)

TZR250 1KT

TZR250(1KT 昭和61年式) 詳細は画像をクリックしてください。

 1987年春地元レッドバロンで中古車を24回ローンで購入。初めて所有した軽2輪。最初はRZRかRD!(漫画、大垂水の鷹、18Rの鷹あたりの影響か?)あたりの250CCが欲しかったのが実車を見てコロッと態度豹変、40数万位だったと思う。白タコ、ミッションオイル指定刻印が750CCの初期型だ。

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デビュー同時にサーキットもストリートも席捲した。HY戦争後の苦しかったヤマハ救国の英雄的バイク。(と思う)

YSR50に乗っていた小僧に当然操れる代物ではなくよく転んだ。今もフレームサイドはへこんでるし新品カウルステーでもライトが微妙に傾いてるのはフレーム自体歪んでいるのだろう。でも21世紀となった今日乗っても走る・曲がる・止まるという点で楽しく素晴らしいバイクだ。自分の中では間違いなくヤマハ2ストロードスポーツの最高傑作。  後方排気やV型の後継モデルは【何時乗っても楽しい】という決定的な点でこいつには全くかなわない。

車輌は88年(昭和63年)式のTZR250(でも発動機は1KT・・・。)

TZ250(1RK 昭和61年式) 詳細は画像をクリックしてください。

1986年式のTZ250はデルタボックスフレームを始めとして車体廻りを前年モデル(59W)から刷新。翌87年(2KM)まで前方排気パラレルツインレーサーとしてサーキットを席巻した。

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シートレールのラインで判る様にTZもどきのTZRです。個人的にV型の2ストは面白くない。ということでストックパーツででっちあげてみました。自分はRZVやTZRのスタイリングを古臭いと言う人の気持ちはわからない。よって近年のカウルを装着するはずもなくこうなるのだ。(笑)実際RZRやR1−Zに比べて1KTは基本的なパフォーマンスは勿論、タンクなども加工することなくフィッティング可能だ。保安部品やオイルポンプ類も撤去してしまったがSTDに戻せない加工は施していない。
10年以上前に条件付きで譲ってもらったTZのパーツ類だがもう少しで約束は果たせそうだ。

87TZ250 2KM

TZ250(2KM 昭和62年式) 詳細は画像をクリックしてください。

1987年式のTZ250は1RKのマイナーチェンジ版と見られがちだが(ファクトリーマシンからの積極的なフィードバックによりパフォーマンスを向上させてきたホンダRSに対向するためもあったと思われる)カウリングからリアーアームといった車体関係だけでなく吸排気関係も刷新されている。

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シートレールのラインで判る様に本物のTZです。(笑)個人的に歴代TZの中で最も好きなモデルです。ロードレースブーム絶頂期ということもあり、末期のTZとは比較にならない数が生産されている。世界中のプライベーターに愛されたマシンだったと思うが、この時代はWW2の戦闘機と同じで第1線で通用するのは僅かな時間でしかなく、大量消費(バブル)時代であったこともあり殆どの車輌がスクラップとなっている。偏見だけどロードレーサーとしての純度が遥かに劣る(管理人のRZみたいに)ストリートマシンへパーツをスワップされてバラバラにされているTZやRSを見るとすごく寂しい。

88TZ250 3AK

TZ250(3AK 昭和63年式) アンダーカウルの塗装が面倒で未完成です・・・

1988年式のTZ250は「ストレートな排気を!」謳い文句に発動機を後方排気に。確かにRZVや89年に販売されたTZR(3MA)と比較しても吸気から排気までまっすぐです。
(シリンダーの前傾度はジェネシスエンジンみたいです。(笑))

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シートレールのラインで判る様に・・・。ということもなく後方排気のTZです。88年から90年まで3年間、発動機はこの形式で年毎に激しく仕様変更されていました。ユーザーにはスチールフレーム時代から87TZまでのケースリードエンジンほど長期にわたって支持されず、91にはV型へ移行していきます。
個人的には90年式が好みなのですが処分されてしまうと聞いて可哀想になり譲っていただきました・・・。車輌のカウリングは激しく痛んでおりリプロ品も見当たらず2個1するなど苦労しました。しかしストリートバイクのサイトだった筈なのに節操がなくなってきましたねえ・・・。

TZR250 3MA4

TZR250R(3MA4 平成2年式?) 詳細は画像をクリックしてください。

 2001年10月部品取り車として8万弱で購入。フレームとスイングアーム、ホイール程度しか使える所がなくヤフオクに手を染めるきっかけとなったバイク(笑)

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学生時代1KTのローン終了と同時期にデビュー。夏前こは相模原の斉藤オートでローンを組んで購入していた。シリンダー刻印3MA00の初期型だが町乗りは1KTがあったので峠やサーキット専用マシンだった。エンジンは大当たりで友人や後輩のNSRにも全く引けをとることはなかったしノーマルチャンバーでもパワーバンド内のサウンドは正にTZ!(つまりうるさいんだけど・・・)2STにしては異様な程低重心によるハンドリングと相まって楽しいバイクだったがRZVの購入資金にあてるため兄の後輩に惜譲した。

時は流れてお世話になったショップHPのリンク先でこいつを発見。当時の筑波サーキットでもめったに見かけなかった倒立SPモデル、「後方排気は楽しかったよなあ。フォークは要交換か。エンジンは大丈夫つ〜んなら直してあのサウンドをもう1回・・・」などと思ったのが運のつき?こんな異形なストリートバイクを販売する程当時のヤマハは苦しかったのだろうか。

TZR250R 3XVB

TZR250R(3XVB 平成6年式?) 詳細は画像をクリックしてください。

2003年秋、高校時代の友人から譲り受ける。3XVのデビュー当時はRZVを手に入れたばかりで興味がなかった。 長年のパラ2レイアウトを止めてしまったことによる失望感も多少はあったのかもしれない。

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「引越しするからバイク処分したいんだ。中古で買って何年も動かしてないけど引き取ってくんない?」と相談されたことがきっかけ。グレードを尋ねると銀色フレームでタンデム可、乾式クラッチがついているらしい。多分94RSだろうと思い引き取った。対面した車輌は埃まみれだったが結構綺麗。タンクは凹んでるがカウルは交換したらしく新品同様だ。ちょっとした整備で充分復活できると思い「じゃあ動くようにして売ってきてあげるよ」ということでガレージまで持ち帰ったのだが後日整備を始めると何かおかしい。外装やホイールはRSのようだがエンジンや足廻りは間違いなくSPモデルのものだ。オーナーはこの状態で購入したようだがお役御免となったレーサーから起こされた車輌なのだろうか。その割りにはシリンダーやピストン、クランクの状態は悪くない。一通り整備した後ショップ主催鈴鹿走行会で乗ってみても全く問題なし。すっかり気に入って自分が買うことになってしまった。
(スタイルは好きになれないんだけど・・・)

SDR200 2TV

SDR200(2TV 昭和63年式?)詳細は画像をクリックしてください。

こいつも高校時代の友人が所有していたのを転倒してフロント廻りを修理してやった後、ずーと私のガレージで眠っていた。不憫になりNSR250R(MC18)と交換してもらった。したがって入手時期ははっきりしない。SDR、NSR共に購入した覚えはないことだけは確かだ。(笑)

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大学3年の夏に帰郷した際、近所にバイクショップがオープンしており、そこの店長はこの車輌で当時のSPクラスにエントリーしていた。その後鈴鹿でスーパーバイカーズ!にもこいつで出場していたようだ。今も車検合格ステッカーが残っている。イシイチャンバーはともかくアップハンと320パイのディスクが威容(異様)だ。個人的にはDT200R(3ET)と腰下を共用?したエンジン特性はあまり好みではない。

近所にあるミニサーキットで遊ぼう!と思っていたのだがオーバーホール後タイヤ、チェーンも交換したのに全く乗っていない。どころかウインカーやリレー等他車からもぎ取られだしている有様だ。すまんSDR。

DT125R 3FW

DT125R(3FW 平成2年式?)  詳細は画像をクリックしてください。

1993年4月、雑誌の個人売買欄を通じて11万程で購入した。オフで激しい使用がされた経緯もなく良い買い物だったと思う。

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学生時代を過した関東地方から就職のため帰郷。相変わらず1KTで通勤していたが大学時のように金はなくとも時間だけはあった時と異なり頻繁にメンテできないことにより各部の消耗が進行していった。「このままではイカン。第一数キロの通勤に軽2輪は不経済だ。絶対原付2種だ!」と思ったがかつて苦楽を共にしたYSR80はもう手元にはなかった・・・。

スクーターや4サイクルは候補にすら上らずかつて後輩が乗っていたDT125(17F)あたりを探していたのだがやってきたのは新型だ。当時はマイナーチェンジによりヘッドライトが大きくなったりしてよりユーザーフレンドリーとなっていたが兄貴分(3ET)と同じ外装のこいつの方がスパルタンで好きだ。2007年現在まで雨でも雪でも黙々と下駄代わりに酷使され続けている。今後もがんばって(壊れないで)ほしいものだ。

TZM 4KJ

YSR50LC(4KJ 平成2年式?うそ) 詳細は画像をクリックしてください。

外装タンク以外使用不可、フロントフォークも曲がった状態でやってきたのが2003年の冬だったか。
最初は足廻りをフォーゲルにスワップしようと考えていたが12インチは似合わないとあっさり挫折したのだが・・・。

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これが幻の水冷YSR。TZ50発売時ごく一部のユーザーの手元に競技専用車輌としてーというのは冗談でTZMにYSRの外装がくっついてるだけです。ポジションも窮屈で実用上メリットは何もありません。じゃあ何でこんなかっこになってしまたのか。それはノーマルTZMはかっこ悪いのだ。(TZMオーナーの方ごめんなさい)

パッソル2〜YSR50ではじまったバイクとの接触。10数年ぶりに乗った12インチはかつての愛らしいスタイリングと引き換えに本格的なロードバイクになっていた。元は原田哲也さんがWGPでチャンプとなったことを記念して販売されたテレコールカラーの4KJ2。カウル類は昔乗ってたYSRのものが残っていたので手直しして装着。アンダーカウルのみヤフオクで良質なリプロ品を分けて頂きレーサーとして復活。

YZ80 4LB

YZ80LW(4LB2 平成6年式?) 詳細は画像をクリックしてください。

2005年5月、ヘタレの分際で何を思ったか7万で購入。スペアタイヤやプロテクター類も沢山付いてきた。(DTは壊れると通勤に困るし)ちっちゃい奴がいいなと思い手に入れたのだが・・・。

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初のコンペ専用車輌。80CCのエンジンは市販車とは次元が異なりかつて多摩川べりでオフごっこ程度の経験しかない奴にとっては宝の持ち腐れだ。ロードで乗っても面白そうだがオフでこのパワーバンドを保つことはできそうにない・・・。どうしよう(泣)

 

 

驚愕の6インチマシーン!

ポッケ(QA50 昭和55年式?) 詳細は画像をクリックしてください。

発売当時の定価はフォーゲルより5,000円安い114,000円。まだ聖徳太子が万札だった時代ですね。ポッケもフォーゲルも定価の半額以下で叩き売られていたイメージしかないが現存車輌は、ポッケの方が多い感じがします。

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ヤマハ脅威の6インチマシーンポッケ。愛嬌ある外見と比べて非常にスパルタン。今日のリッタークラスのスーパースポーツの非現実的なスピード領域よりこいつの60キロの方がはるかにスリリングだ。
個人的な思い入れはフォーゲルほどではなかったのだが・・・。処分されてしまうと聴いてしまった以上見棄ててしまう訳にはいきません。そろそろガレージも本格的に満杯で単なる車庫となりつつある中、引き取ってきてしまいました・・・。(まじめな話、ヤマハの空冷2ストミニは非常に面白いのだ。)

20年近い埃が堆積して車体は自分的にはかなり程度が良い部類だ。YSR80のエンジンもあるけどこいつはノーマルでも充分だろう。(笑)

ふぉーげる QB50

フォーゲル(QB50 昭和55年式?) 詳細は画像をクリックしてください。

1996年春、RZVを購入したYSP店でホンダCRM50と交換入手。高校時代、友人が緑色のこいつに乗っていて色々な所へ出かけた思い出からついつい手をだしてしまった。

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走行2000K程度でタイヤが枯れてた以外何の問題もなく消耗品交換のみで公道デビュー。しばらくは昔の思い出に浸って近所を乗り回していたが通勤マシン(DT)トラブル時に通勤に使ってしまったことで悪い癖がでてしまった。
温室育ちの箱入り娘が社会の荒波にもまれるかのごとく現代の公道でこいつに乗るのは厳しい。最初にサスを強化、解体屋でYSR80のエンジンを3000円で調達、KRSのチャンバー、キタコのVM20、猿の8CMロングSW、武川のヘッドライト等のドーピングを施し立派な社会人へと変貌させた・・・。

つもりだったがKRSのチャンバーはドーピングが利き過ぎた。気を抜くと真っ直ぐ走れないし、このパワーを受け止めるブレーキは蟷螂の斧状態だ。でもこれはこれでおもしろいから好しとしよう(笑)

   

 


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